第4話 二つの死 中編
今西は少し考えてからもう一度タブレットを操作し始めた。
「今日来ていた鑑識は別荘火災の時もいたそうです。焼死した稲田拓人は顔が焼け爛れていたけど、死体が身に着けていた物で稲田拓人と判明したと言っていました」
「なにを身に着けていたんだ?」
「指輪だそうです。稲田家の跡取りだけが身に着けることが出来る指輪だそうです。代々受け継がれているみたいですね」
「稲田拓人は指輪なんかしていたか?」
「これですね」
今西がタブレットを操作して写真を映しだした。
そこには稲田拓人が写っていた。季節は夏だろうか。半袖の胸元が開いたシャツを着ている。今西が胸元を拡大した。首から下げたネックレスに太めの金の指輪がついていた。
「これなら付けているのを見たことがある」
鍋島は稲田拓人を何度か見かけた。その時にネックレスをしていたことを思い出す。前の当主もあの指輪をつけていた。ケーブルテレビに就職してすぐ取材で会ったことがある。ギラギラした強烈な印象の前当主は一代でこの街の大地主になった。噂ではかなりあくどいこともやってきたようだ。その前当主の一人娘と結婚したのが洋平で婿養子になって稲田家を継いだが、洋平があの指輪をしているのをみたことがない。婿養子だからだろうか?
その話からすると別荘で死んだ稲田拓人も本物か怪しくなってくる。
若林の言うようにニュースになりそうだ。どうしたものか?
「あと、警察はDNA検査をしようとしたけど母親の稲田貴子が反対したといっていました」
「反対?」
「母親は指輪が拓人のものだからと検査の一切を受け付けなかったと鑑識の話です」
焼死なら顔の判別が出来ないこともある。それならDNA検査をした方が確実なのだが。
食事を食べ終わって運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ。
「父親はなんて言っていたか聞いたか?」
稲田家の当主は父親だが、実際の支配しているのは母親だ。それに別荘が火災になったとき父親の洋平が火災現場に駆けつけていたと噂になっていた。その為、父親の言動が気になった。
「警察から母親の説得を頼まれたみたいですが、断っています」
鍋島は椅子の上で胡坐をかいた。
「母親はどうしてそこまで検査を拒んだのだろうか」
「そこまでは警察も掴んでいないようです。ただ、あそこは母親の意見は絶対ですからね」
それでも検査をするように言うことは出来るのではないかと考えた。
警察がかなり前から稲田家を監視していたのなら別荘に拓人が居ることを隠し通せるとは思えない。
「貴子は拓人が死んだと本当に思っているだろうか」
「難しい質問ですね。貴子は末期のガンだそうで葬儀のあとすぐ病院に戻ったそうですよ」
「戻ったってことは入院していたのか?」
「半年ほど前かららしいです」
「なぁ、跡取り息子が死んで妻もなくなったら、稲田家の財産は洋平のものだよな」
「そうですけど、一時期より財産は目減りしているって噂ですよ。現に、さっきまでいた山も元は稲田家の土地だったと櫛田の爺さんが言っていましたから」
櫛田の爺さんとは先ほどまでいた山の持ち主だ。この地に何代も前から住んでいる人物でいろいろな事情も精通している。
鍋島が知っているだけでも残っているのは駅周辺の駐車場くらいだ。洋平が息子を殺した可能性を考えたが貴子の病気を聞いてそこまでする理由が見当たらなかった。
今西は夜遅くにカフェインを取りたくないからと言ってホットミルクを注文して、上澄みに張った膜をすすっていた。
それにしても貴子が検査を拒む理由が気になる。
貴子は一人息子の拓人を溺愛していた。その死を信じたくなくて検査をするのなら分かるが持ち物だけで息子と決めつけた理由は何だったのか。
「貴子に会うことは出来るのか?」
「難しいと思います。警察も貴子が病院に戻ってから一度も会わせてもらえないと言っていましたから」
今西は唇にミルクの痕をつけて答える。
「その逆はどうだ?」
「逆ですか?かなりきつい薬を使用しているようで体調に波があるらしいです。そんな状態の人が外出するでしょうか?」
鍋島は前のめりになりながら話を続ける。今西はおしぼりで口元を拭い答える。
「そんなに悪いのか」
「余命宣告されているらしいです。どれだけかは聞けませんでしたけど」
「もしも、もしもだ。今日見つかった遺体が稲田拓人だとしたらどうなる?」
「それが本当ならこの間の遺体は誰かってことになります。それも稲田家の跡取りである指輪を持っていたんですよ」
さっきから考えていたことを聞く。貴子が息子の身柄をきちんと確認しなかったことと、洋平もそのことに深く触れなかったことが気になっていた。
今西も真剣に考えだした。
「元々、別荘火災の時の遺体は初めから拓人ではなかった」
鍋島が自分の考えを伝えた。
「本当の拓人は今日見つかった遺体ってことですか?」
「今後の捜査で分かるはずだ。」
「それなら別荘火災の遺体を拓人にした意味が分からないです」
「そこなんだよな……」
鍋島はさっきから自分の頭の中にある堂々巡りに行き当たる。
「明日にでも警察に聞き込みに行ってみますか」
「そう簡単に教えてくれるとは思えないが」
今西はホットミルクを飲み干し、にっこりと笑う。
「鑑識さんに頼んでおきました」
「本当か!」
「内緒ですけどね。その代わり交換条件を出されました」
「なんだ、その交換条件とは」
変なことじゃないだろうなと身構える。
鍋島の不安をよそに今西はなぜがご機嫌だった。
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