第3話 二つの死 前編

 警察が来る前に退散しようと思ったが、澤谷に懇願されて仕方なく残ることにした。その間、若林に連絡を入れる。


「またか!お前たちはどうしてこうも死体を引き寄せるんだ」

「またかって、こっちだって望んでいるわけではないですから」


 若林の言うことも理解できなくはないが、好き好んで死体を見つけているわけではない。そのことは分かってほしいと思うのだが諦めた。


「まぁいい。それよりニュースになりそうだったらしっかり聞いてくるように」

「ニュースってどこで放送するんですか!」


 無理難題押し付けてくるのもいつものことで、半分聞き流す。


「ところで、所長は稲田家の葬儀に行かれましたよね」

「会社代表で行った。一応、通夜にも顔を出したが寂しかったぞ。以前の勢いは全くなかった。通夜の訪れる人もまばらで」


 一時期はこの街を牛耳っていると言っても過言ではないくらい力があったようだがこの数十年で衰退していると聞く。所有していた土地もほとんど手元に残っていないような話も聞く。

 さっきまで撮影していた山も実は十年くらい前までは稲田家の土地だったという。

その原因が一人息子の拓人だ。悪事を重ねる度、親が金で解決していったがその金の出どころが土地を売り払って作った金だと噂がある。


「稲田拓人の顔は見ましたか?」

「見ていないな。火傷の跡が酷いとかで通夜でも布が被せてあったし、告別式でも棺桶の蓋は閉じられていて見ることが出来なかった」

「そうですか」


 鍋島は自分の疑問を拭うことは出来なかった。若林との電話を切ってもう一度ブルーシートを見る。

 暫くするとパトカーが到着した。駆け付けた刑事は顔見知りの吉村と佐竹だった。


「また貴方たちですか?で、どんな状況で発見されたのですか?」

「吉村さん。第一発見者はあちらです」


 二人は何の疑いもなく聞いてくるが鍋島は澤谷を指さし伝えると吉村たちは怪訝な表情を見せながら澤谷に話を聞いていた。


「どんな感じだ」


 刑事たちが来たことで今西はスマホをしまって鍋島の元へ戻ってきた。


「出来る限りの写真は撮っておきました。所長はなんて?」

「ニュースになりそうだったら聞いてくるようにだ」

「あれが本物か偽物か、どちらでもプンプン臭います」

「今西。お前、いつから警官の真似事が得意になったんだ?」

「つい」


 鍋島が冗談交じりに言うと今西は頭を掻きながら苦笑いをしている。しかし、目は真剣だ。視線の先は遺体を離さない。どうやら今西も興味深々といったところか。


「まずは情報収集だな」

「それじゃ私は鑑識さんのところへ」


 今西は興味の先を伝えてきた。


「俺は吉村さんのところへ聞き込みに行ってくる」

「鍋島さん。それ、刑事の言葉です」


 二人は顔を見合わせて笑った。何度目かの事件遭遇に慣れてしまったのかもしれない。


〇〇〇

 二時間後、鍋島と今西は近くのファミレスに来ていた。

 日付が変わって深夜なので人もまばらだ。それでもこれからする会話の内容はあまり聞かれたくないので周囲には人が居ない席を陣取ったが鍋島は用心して声を潜めた。


「どうだった」

「鑑識の話だと毒殺の可能性があるそうです。この後、検死すると言っていました」

「死亡時刻は分かったか?」

「正確な時間は検死の結果と言っていましたが、死後三日くらいじゃないかと」


 鍋島はスマホのスケジュール帳を出した。


「十月二十六日と二十七日に通夜と告別式があった。ただ、別荘火災はその二日前。今日が十一月三日だから別荘火災があった時は生きていたことになるんだが、澤谷さんが妙なことを言っていた」

「妙なこと?」

「あの死体は沖の方で見つかったらしい。それで潮の流れに乗ったんだと思ったらしいが……。それだと遺体の損傷が少なすぎるそうだ。沖は海流が激しいところだから遺体の損傷がないとおかしいと言っていた」

「確かにきれいでした。服のみだれもないですし」


 今西が先ほど取った写真をタブレットに写しだした。

 身体の全体から部分を取った写真を何枚か見たが確かに損傷はなかった。澤谷の想像が当たっていたことか。


「澤谷さんが言うには一時間から二時間くらいの間に海に落とされたのではないかと言っていた」

「それだと、死んだのは別の場所で死んで今日になって海に捨てられた?」

「その可能性が高い。そうなると死亡時刻が違ってくる」

「もっと前の可能性もあるんですよね」


 今西が腕を組んで考え込む。鍋島も頭の中を整理する。


「海に落とされたのは澤谷さんが発見する一、二時間くらい前ですよね。その時間だと、さっきいた山で撮影していた時間です」


 今西に言われて、先ほどメモったスケジュール帳を確認する。確かに、山に着いて撮影を始めたころの時間になる。

 その時、注文した食事が運ばれてきた。今西はそっとタブレットを裏面にした。

 店員が今西の前にパスタとサラダにスープ、鍋島の前にはハンバーグとごはんにサラダを置く。二人とも夕食から時間が経っていることもありがっつりした食事を注文していた。


 早速、食べ進めながら会話をする。

 今西がタブレットを操作して今度は地図を出しある場所を指さした。


「海流からして、ホテル星華がある方向…ですか」


 今西のトーンが落ちた。

 鍋島も澤谷からその話を聞いたとき、星華を思い出した。あそこなら人目を避けて海に投げ入れることは出来るのではないかと。


「鍋島さん。稲田拓人はあの研究所の機密情報を盗んだ疑いがありましたよね」

「つい最近まで警察は稲田家を監視していたのは確かだ。それに稲田拓人は死んだと思われていたから、あの事件がどうなったか調べたほうがいいな」


 あの研究所とは菅田の父がいる研究所のことだ。半年ほど前、稲田拓人は研究所に忍び込み機密情報を持ち出した疑いがあった。

 かなり重要な情報だったらしく、公にはされず極秘捜査が続けられていた矢先、稲田拓人は別荘火災で死亡した。

 警察は稲田拓人の死を事故死としていたが本当だろうかと疑問に思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る