第2話 疑惑の人相
撮影の機材をすべて車に乗せ終えた時、鍋島の携帯が鳴った。出ると漁港の取材をお願いしている船長の澤谷克彦からだった。
「どうしました?」
「いや、澤谷さんからだった。いつものところに来てほしいって」
「今からですか?」
鍋島は時計を見た。既に二十三時を回っている。
運転席に座る今西もこんな時間にあんなところと呟きながらエンジンをかけた。
今西が疑問の思うのも無理はない。いつものところとは漁港から少し離れた場所で、昼間の取材をするには丁度いいくらいの広さと人通りのない場所だ。こんな夜遅くに呼び出すのは人目を避ける理由があると考えていい。
「嫌な予感がするのだが」
「自分もです」
鍋島が言うと今西も同意見だったようで、二人でため息をついた。
澤谷からの呼び出しには苦い記憶がある。
数年前の記憶が呼び起こされる。従弟の柏木が瀕死の状態で見つかったのだ。あの時もこんな感じで遅くまで仕事をしていて帰ろうとしたときに澤谷から電話が入った。それも誰にも気づかれないように一人で来てほしいとまで注文があった。
指定の場所についた鍋島は指定の場所で待っていると澤谷の船が灯りを出来るだけ落とした状態で到着した。そこには毛布にくるまれた柏木が乗っていた。
あの時は生きた心地がしなかった。誰にも見つからないようにとうわ言のように言う柏木を知り合いの病院まで連れて行ったが結局、柏木はもう戻ることはなかった。
あの時の記憶が鮮明に呼び起こされる。
車は山を下りて一般道に出て少し走るとすれ違う車があった。ホテル星華、副支配人の菅田直樹だ。
「さっきの、菅田さんですね」
「相変わらず忙しそうだな」
今西も気づいていたようだが、菅田はこちらに気づいていない様子だった。余程急いでいるのかかなりスピードが出ていた。
鍋島たちが乗った車は海沿いの道を走る。漁港に集まる船の明かりを横目にさらに進むと灯りが途切れた場所で今西はハンドルを切った。
海沿いの道路から坂道を少し下ると鍋島と今西が乗る車のライトの灯りだけになった。なにもないだだっ広い場所だ。海に面した街灯もないところだが何度も通っている場所なので記憶を頼りに指定された場所へとゆっくり進む。
波の音がすく隣で聞こえる。一歩間違えば海に転落してしまうような海との境になるようなものがないところだ。今西はスピードを落とし更に慎重に進んでいく。視界の先に明かりを落とした船が見えて車が止まった。
「なんか、覚悟がいるな」
鍋島は不安を隠しきれずに口に出していた。
車から降りて船の傍まで行くと船長の澤谷が立っているのが見えた。彫が深く日焼けした肌が印象的な初老の男は神妙な顔をしている。
「こんばんは」
「呼び出してすまん。ちょっと見てほしいものがあってな」
「なんです?」
船からの明かりでかろうじて顔が分かるくらいだ。もっと近づこうと鍋島は踏み出した途端、躓いた。傍にいた今西に支えられなかったら倒れていたかもしれない。暗くて足元をしっかり見ていなかったようだ。
鍋島は自分の足元に目をやった。パレットのようなものが置かれてその上にはブルーシート見えた。
「これを」
澤谷がしゃがみ込んでブルーシートを少しめくる。
鍋島と今西もよく見ようとしゃがんで澤谷の手元のブルーシートを見た。
「なっ?」
「これは!」
鍋島と今西は驚愕した。ブルーシートの下には死体があった。
青白い顔をみて素人でも確実に死後何時間か経っているのが分かる。
「どう思う? 俺じゃなにがなんだか」
「いなだたくと?」
鍋島は僅かな光を頼りに目を凝らす。ブルーシートに包まれた人物はこの街では知らないものはいないくらい有名人だ。それも悪いほうの。
「鍋島さん。稲田拓人は先日の別荘火災で焼死したはずですよ」
今西が冷静に言う。確かに先日、稲田家の葬儀に所長の若林が行っている。
「俺も稲田拓人だと思ったが、よく考えてみると奴は葬儀が終わって骨になっているはずだ。それなのにどうしてここにいるんだ?」
澤谷は鍋島たちに疑問を投げかけた。どうやら信じられなくて鍋島たちを呼んだみたいだ。
稲田拓人はこの街の大地主の一人息子だ。まともに仕事もしないまま三十過ぎまで親の脛をかじり、色々問題を起していた。それでも警察に捕まることがなかったのはすべて親が金で解決してきたからだと噂がある。
半年前にはこの街にある研究所に忍び込み機密情報を盗み出した容疑がかけられていた。公にはなっていないのであまり知られていないが、鍋島たちは取材中に偶然そのことを知った。
流石に今回は金で解決できる内容ではなかったようで警察が捜査していたところ、別荘地の隠れていた稲田拓人は火災に巻き込まれて死亡したのだ。
その人物がこんなところにいるはずもなく何かの間違いではないかと疑うがどれだけ見ても稲田拓人にしか見えない。
澤谷と鍋島が無言でブルーシートに包まれた死体を眺めていると今西はスマホで死体を撮影している。
「澤谷さん。警察に連絡は?」
「まだだ。見間違いじゃないかと思って鍋島さんたちを呼んだんだ」
警察に連絡したほうがいいだろうなと鍋島がスマホを取り出すが、ふと若林の顔が浮かんだ。また何か小言を言われるかもしれない。
「澤谷さんから連絡してもらってもいいですか?」
「あ、あぁ。分かった」
澤谷がジャケットのポケットからスマホを取り出し電話をかけている。
その間、鍋島も出来る限りの情報を手に入れようとブルーシートに包まれた人物を見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます