流星群
小手毬
第1話 流星群
10月の最終週、地元ケーブルテレビに勤務する鍋島学と今西明はこの街で一番高い山に来ていた。
一番高いと言っても標高1500メートルを少し切るような高さで小高い丘と言ってもいいくらいだがこの街で一番高いところというのも間違いではない。
20時を過ぎて周囲に何もない山頂にいると風がふくたびに肌寒さを感じて鍋島は首をすくめた。
「やっぱりここは見晴らしがいいですよ。想像していた通り!」
同僚の今西が興奮気味に声をあげる。
「いい眺めだ」
鍋島も周囲を見渡しながら感心する。
鍋島はこれほどとは思っていなかったため、目の前に広がる景色に少し圧倒されていた。
ここは公共の場所ではなく個人が持つ山でこの景色をみられるのは本来ならごく限られた人のみだ。
鍋島と今西にとっては勝手知ったる山で、春になるとタケノコ掘りに秋は山菜採りの取材をさせてもらう場所だ。
今回はこの土地所有者である串田さんに流星群を街の人にも見せたいと伝えたら快く承諾してくれた。
撮影するには周囲を邪魔するものがない絶好の場所で個人の土地なのでカメラを設置したままでも邪魔になることもまなく時間を気にさないで撮影できるので申し分ない。
鍋島と今西の目の前には夜空と海の境目が分からないくらいの暗闇に覆われている。
そこにうっすらと光る月が水面に写り幻想的な空間を醸し出している。
月明かりが鍋島たちの周囲を明るく照らしているだけで街灯なども何もない場所だ。
月明かりで鍋島たちの影ができている。それを見る限り、月はかなり明るいことがわかる。
鍋島と今西はいつもなら地域のイベントの紹介などが主な取材対象だが、最近夜景の写真撮影にはまっている今西が突然流星群のリアルタイム放送をしたいと言い出したのが今ここにいる理由だ。
突然思い立ったのだろうと安易に考えていた鍋島だが今西は随分前から考えていたようで、いつの間にか撮影する場所の交渉や機材などの準備を進めていた。その熱意に負け上司の若林も二つ返事で許可を出した。
その今西は空一面に見渡せる場所にカメラを次々セットして忙しなく夜空の様子と映像の確認をしている。
機材も実は今西が趣味で買ったカメラたちだ。
ここまでの熱意はどこから湧いてくるのだろうかと少し冷めた目で鍋島は見ていた。それでも仕事をこなすため鍋島も周辺を見渡しながらここに来るまでの時間とカメラのセッティングの時間を計算して当日のスケジュールを確認していく。
来週は30年ぶりの流星群が見られると話題になっている。次に見られるのは40数年後だという。
今年42歳になる鍋島は40年後だと80を過ぎる。
頭の中で計算して次の流星群を自分は生きて見られるだろうかとふと思った。
辺りが少しずつ暗くなっていく。
空を見上げると月が雲に隠れはじめていくのが見えた。
今日は昼間から雲が多く心配はしていた。
それでも夜になると雲は少なくなっていき、撮影には影響しないだろうと思った。
月が雲に隠れると辺りは暗くなり機材の調整に影響が出ると思い、一旦作業を中断した方がいいかと考えたが今西は止める様子もないので鍋島も作業を続けた。
鍋島も今西も天気予報を毎日確認していて当日は晴天でおまけに新月なので流星群がはっきり見えると言われていた。予定では二十二時から二十三時が見ごろだと言われている。その為、同時刻で検証する為、今夜この場所に来ていた。
夜空の映像を流し続けるだけなのだが目的は流星群の撮影なので必ず映像として収めなければ意味がない。その為、今西は何度も夜空と方位磁石を見比べながら準備を進めている。
鍋島は周囲の風景を会社のカメラで撮影を始めた。
撮影の準備の様子を後からでも確認できるようにする為だ。
鍋島たちが今いる場所から西側には海が広がり、遠くには漁をする漁船の灯りが点在しているのが見えた。
海の方を撮影していると月が完全に雲に隠れてあたり一面が暗闇に覆われていた。
その時、海岸で白い物体が見えた。
何だろとカメラを向けるがあたりが暗すぎて見失ってしまった。
沖のほうでは漁をしている漁船の灯りだけがかろうじて見える。
数隻が灯りを落として港に帰ってくるのが見えた。
暫くすると雲に隠れていた月が現れて月明かりで周囲がよく見えるようになった。
鍋島は東側を撮影する。
こちらは街が見渡せる。
海側と違って夜なのに商店街の灯りが明るく、駅前とあって人が多く行き交っている。
暫くすると駅に三両編成の電車が入ってきた。
電車が停まり、電車から数人の乗客がホームに降りてくるのが見えた。
駅を出る乗客は足早に歩いていくのが見える。
その人たちを撮影していると商店街の灯りが一つまた、一つと消えていく。
先程の電車が最終電車なのはずだからこのあとは人の流れはなくなるはずだ。
次は北側を撮影する。
こちらは有名企業の研究所があり大きな建物が幾つか見える。
ここは企業関係者の家族が住んでいて、実証実験の為の小さな街だ。
深夜だからか灯りは必要最低限で月明かりでかろうじて敷地内の道路の街灯が見える程度だ。かなり重要な施設のようでセキュリティーがしっかりしていて事前に申請した車や人物しか敷地内に入る事が出来ない。
この施設が出来てすぐの頃、取材をさせてもらったが街を囲むようにある塀の上には防犯カメラと有刺鉄線が張り巡らされている。
更に敷地内の建物全ては入り口にセキュリティーカードをかざさないと進めないようになっていて取材させてもらえたのはほんの一部だけだ。
この研究所では新たな発表が近いうちにあると噂があり、取材の申し込みをしているが未だ返事がない為その動向を注視している。
鍋島が、研究所を撮影していると研究所の建物の一つの壁面のシャッターが動き出した。
以前取材した時に聞いた事を思い出す。
不定期に外の空気と入れ換える為にシャッターを開けると言っていた。
先日、この研究所に忍び込もうとした人物がいた。その人物はこのシャッターが開くタイミングで忍び込もうとしていたようだが、その手前にある研究所を取り囲む塀の上にある電流が流れている鉄線に触れ、感電して海に転落して死亡したと新聞報道にあった。
侵入しようと人は一人ではないようでその仲間たちは海に落ちた人物を見捨てて逃げているらしい。
研究所と警察は逃げた人物たちの捜査とシャッターが開くことをどうやって知ったのか調べていると噂がある。
機密情報が流出していたのだ。会社としても慎重に調べているようだ。
どうやらその為発表が遅れているのだ。
鍋島は撮影しながら建物の中の様子を伺う。
中には天井まで届く棚がいくつか並んでいる。
その棚には野菜が作られているはずだ。
今、全国に同じような施設が作られていると聞いている。
そこに住む住人は各施設で作られた野菜や果物を手に入れる事が出来るらしい。
別の地域では酪農をしていて餌になる飼料も施設内で作られていて、捨てる物が無いように循環するシステムを構築しているらしい。
各施設内には病院や学校なども併設されていて施設から出なくても全てがまかなえるようになっていると聞いている。そのため、住民は余程の事がない限りこの施設から出ることはないと言っていた。
次は南側を撮影する。
こちらは宿泊施設の整ったこの街で一番大きなホテル星華がある。
ホテルの裏手は他県になり山々が連なっていてホテルの部屋からは山の景色と海側の景色も楽しめて、更に良質な温泉もあるため人気のホテルだ。
昨年、ホテルの敷地内にチャペルが出来て結婚式が出来るようになると話題になっていた。
確かホテル星華でも近いうちにイベントをやると副支配人の菅田が言っていた。
先日、その打ち合わせの為に鍋島は菅田の予定を聞いた時、研究所の事を聞いてみた。
あまり知られてはいないが菅田の父親は研究所の所長をしているので何か情報を聞き出せるかと期待したが菅田からの答えは(企業秘密で家族にも知らされていない)と素っ気ない返事が返ってきた。
鍋島は仕方がないので研究所からの連絡を待つことにしている。
21時を過ぎると商店街の明かりは殆ど消えて街灯が点在しているだけになると人はまばらに歩いて岐路を急ぐ人だけになった。
月明かりが商店街を照らしている。
先程までの賑わいはすっかり鳴りを顰めて閑散とした商店街がカメラに映される。
鍋島は時間を確認して、車に戻りトランクの扉を開けて三台のパソコンを起動させた。電源を入れネットワークにつなぐ。画面に映し出されるのは同僚の橋本慎也だ。
「今、送った」
鍋島が言う。
「映像貰いました。なかなかいいですね」
橋本の元気な声が返ってくる。
「どんな感じになりそうだ」
今西が設置していた三台のカメラの映像を会社に送って確認してもらっている。どこまで使えるかこのテストで決まる。はしが操作すると画面が切り替わって三台のカメラ映像になった。
鍋島は実際の夜空と画面に映し出される景色を確認していると今西もやってきて画面の景色を確認する。
「このカメラはもう少し上向きでもいいんじゃないか?」
鍋島が言うと橋本も感想を伝えてくる。
「そうですね。あと、街中の中継も繁華街は避けた方がいいように思います」
鍋島と橋本が言うと今西はすぐにカメラの調整を始めた。確かに繫華街を映し出している映像は街灯だけでも明るすぎるように思えた。流星群がどれくらい見えるか疑問だ。その点、真っ暗な景色の海側の映像は文句なしに星がきれいに映し出されていた。
今西が調整を終えて戻ってくる。ほんの少し変わるだけで見え方が全然違ってくる。さっきより断然いい。
「どうですか?」
今西が心配そうに聞いている。
いつの間にか所長の若林も会社から映像を見ていたらしく、いくつかの注文を出してくる。それを聞いて今西はカメラの位置や角度を微調整していく。
そんなやり取りが何度かあり画面をのぞき込む今西の表情は真剣そのものだ。
「これいいですね!」
橋本の興奮した声が聞こえた。
「よし、来週はこれでいこう」
若林の声も弾んでいる。
「はい!」
所長のお墨付きがもらえてほっとしたのか今西の表情が緩んだ。
当日は今日、設定した方角と角度で撮影を初めて、様子を見ながら角度などを変えていくことになった。
流星群の撮影は初めての試みなので臨機応変に対応するのが良いと所長の若林の説明だ。
今西はカメラの角度や設置場所をメモして片づけを始める。鍋島もカメラの設置までの時間を再度確認してスケジュール帳に記入し当日のシミュレーションを思い描く。
海に近いからか風に乗って潮の香りがしている。遠くに見えるのは漁船の灯りだろうか。この場所を選んだ理由の一つに鍋島が見ている方角は海側になり必要以上の灯りがない。
流星群が見える時間には漁をする船は漁港に戻ってくるので灯りはなくて辺り一面は暗闇に覆われることになる。そこへ今回の流星群が現れるとどんな絵になるのか。
今西でなくても興味が湧いてくる。
頬に冷たい風が当たる。もうすぐ冬がやってくる。その前に漁港の取材を入れないといけないなと思い出してスケジュール帳に書き込む。
パソコンを片付けようとして手を止める。先ほどの映像の録画が映し出される。
月が海面に映る。
暗闇に薄らと見える月は、はなんとも言えない風情を感じた。流星群がなくても夜空の星は綺麗だ。
来週が楽しみになってきた鍋島は肌寒さを感じて、今日の晩飯は一人鍋でもしようかと考えながら先ほどまで見ていたパソコンを閉じて片づけ始めた。
当日の撮影の段取りを所長や橋本と再確認して今日の打ち合わせが終わった。
鍋島と今西は片付けをして撮影の機材をすべて車に乗せていた時、鍋島の携帯が鳴った。
いつも漁港の取材をお願いしている船長の澤谷克彦からだ。
「今、何処にいる?」
澤谷の声が震えていた。
鍋島は不思議に思いながら言った。
「串田さんの山にいます」
「すぐに漁港に来てくれないか?」
鍋島が居場所を伝えると懇願するように言ってきた。
「どうしたのですか?」
鍋島が理由を聞いても澤谷は口ごもり、教えてくれない。
澤谷はとにかくすぐ来て欲しい。事情は来てから話すとだけ言って電話が切れた。
鍋島は不思議に思い、行くべきかと悩んだ。
「どうしました?」
カメラ機材を一通り片付けて車に載せていた今西が聞いてきた。
「澤谷さんからだった。いつものところに来てほしいって」
「今からですか?」
「そうだ、すぐ来て欲しいそうだ」
鍋島は時計を見た。既に二十三時を過ぎていてもうすぐ日付けが変わろうという時間だ。
「こんな時間に来て欲しいのは、よほどのことですよね」
今西がとりあえず、帰りに寄って見ますかと言った。
鍋島と今西は残りのカメラや機材を車に乗せた。
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