流星群
橘 葵
第1話 流星群
地元ケーブルテレビ勤務の鍋島学と今西明はこの街で一番高い山に来ていた。
一番高いと言っても標高100メートルを少し切るような高さで丘と言ってもいいくらいだがこの街で一番高いところというのも間違いではない。
「やっぱりここは見晴らしがいいですよ。想像していた通り!」
「いい眺めだ」
今西が興奮気味に声をあげた。
鍋島と今西の目の前には夜空と海の境目が分からないくらいの暗闇に覆われている。そこにうっすらと光る月が鍋島たちの周囲を明るくしている。
鍋島と今西はいつもなら地域のイベントの紹介などが主な取材対象だが、最近夜景の写真撮影にはまっている今西が突然、流星群のリアルタイム放送をしたいと言い出したのが今ここにいる理由だ。
突然思い立ったのだろうと安易に考えていた鍋島だが、今西は随分前から考えていたようでいつの間にか撮影するのに一番いい場所や機材などの準備が進めていた。その熱意に負け所長の若林隆一も二つ返事で許可を出した。
その今西は空を一面に見渡せる場所にカメラを次々セットして忙しなく夜空の様子と映像の確認をしている。
機材も実は今西が趣味で買ったカメラたちだ。ここまでの熱意はどこから湧いてくるのだろうかと少し冷めて目で鍋島は見ていた。それでも仕事をこなすため周辺を見渡しながら、ここに来るまでの時間とカメラのセッティングの時間を計算して当日のスケジュールを確認していく。
来週は今年一番の流星群が見られると話題になっている。天気予報も毎日確認しているが当日も晴天で流星群がはっきり見られると言われていた。予定では18時から23時が見ごろだと言われている。
夜空の映像を流し続けるだけなのだが目的は流星群の撮影なので必ず映像として収めなければ意味がない。その為、今西は何度も夜空と方位磁石を見比べながら準備を進めている。
鍋島は車に戻りトランクの扉を開けて二台のパソコンを起動させた。電源を入れネットワークにつなぐ。画面に映し出されるのは同僚の橋本慎也だ。
「映像貰いました。なかなかいいですね」
元気な声が返ってくる。
「どんな感じになりそうだ」
三台のカメラの映像を会社に送って確認してもらっている。どこまで使えるかこのテストで決まる。画面を切り替えて三台のカメラ映像になった。
鍋島は実際の夜空と画面に映し出される景色を確認していると今西もやってきて画面の景色を確認する。
「このカメラはもう少し上向きでもいいんじゃないか?」
「そうですね。あと、街中の中継も繁華街は避けた方がいいように思います」
鍋島と橋本が言うと今西はすぐにカメラの調整を始めた。確かに繫華街を映し出している映像は明るすぎるように思えた。流星群がどれくらい見えるか疑問だ。その点、海側の映像は文句なしに星がきれいに映し出されていた。
今西が調整を終えて戻ってくる。ほんの少し変わるだけで見え方が全然違ってくる。さっきより断然いい。
「どうですか?」
今西が心配そうに聞いている。
いつの間にか所長も会社から映像を見ていたらしく、いくつかの注文を出してくる。それを聞いて今西はカメラの位置や角度を微調整していく。
そんなやり取りが何度かあり画面をのぞき込む今西の表情は真剣そのものだ。
「これいいですね!」
橋本の興奮した声が聞こえた。
「よし。来週はこれでいこう」
所長の声も弾んでいる。
「はい!」
所長のお墨付きがもらえてほっとしたのか今西の表情が緩んだ。
今西はカメラの角度や設置場所をメモして片づけを始める。鍋島もカメラの設置までの時間を再度確認してスケジュール帳に記入し当日のシミュレーションを思い描く。
海に近いからか風に乗って潮の香りがしている。遠くに見えるのは漁船の灯りだろうか。この場所を選んだ理由の一つに鍋島が見ている方角は海側になり必要以上の街頭がない。
流星群が見える時間には漁をする船の明かりくらいしか見えなくて辺り一面は暗闇に覆われることになる。そこへ今回の流星群が現れるとどんな絵になるのか、今西でなくても興味が湧いてくる。
頬に冷たい風が当たる。もうすぐ冬がやってくる。その前に漁港の取材を入れないといけないなとスケジュール帳に書き込む。
パソコンを片付けようとして手を止める。先ほどの映像の録画が映し出される。流星群がなくても夜空の星は綺麗だ。
一台は山頂から街中の景色も映していたので街頭などの明るい光が映っている。ここは公共の場所ではなく個人が持つ山だ。この景色をみられるのは本来ならごく限られた人物のみだ。
鍋島と今西にとっては勝手知ったる山で、春になるとタケノコ掘りに秋は山菜採りの取材をさせてもらう場所だ。
今回は流星群を街の人にも見せたいと伝えたら快く承諾してくれた。撮影するには絶好の場所で周囲に気兼ねなく撮影できるのも申し分ない。
来週が楽しみになってきた鍋島は肌寒さを感じて素早く片づけをする。今日の晩御飯は一人鍋でもしようかと考えながら。
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