マッソー!
赤城ハル
第1話
「健全な魂はー、健全な筋肉にやどーる!」
「うーーーす!」
むさ苦しい男2人が上半身裸で筋トレDVDを観ながら筋トレをしていた。
どうしてこうなった?
◯
「おい! バイト!」
「うっす」
「お前、加藤の手伝いに行ってこい」
「分かりました。……ええと、どの加藤さん?」
「
ああ。あのぽっちゃりした人か。
俺は後ろを振り返り、席を見るが
「加藤さんは今どちらに?」
「第4会議室だ」
「分かりました」
俺は編集部を出て、第4会議室を訪れた。
「加藤さん、何してるんすか?」
「見て分からんか?」
「分かりますが……なぜに?」
第4会議室の机と椅子を端にどけて、テレビには筋トレ映像が流れている。
そしてぽっちゃりの加藤さんはシャツを脱ぎ、上半身裸でテレビ画面を観ながら、テレビと同じように筋トレしていた。
「これだ!」
と筋トレ中の加藤さんは顎で机のDVDパッケージを指す。
「『ボビーの7日間マッソースケジュール』ですか?」
「知らんのか?」
「知りません」
「くっそー! これがジェネレーションギャップか!」
「加藤さんが筋トレしながら悔しそうな声を出す」
「自分、編集長に手伝ってこいって言われたんですけど」
「お前が助っ人か。よし! ちょっと待ってろ!」
◯
「これが企画だ」
と加藤さんが企画書を俺に手渡す。
『かつて流行ったダイエットDVDは本当に効果があったのか?』
企画書の頭にはそう書かれている。
「分かるだろ?」
「つまり、昔のダイエットDVDで加藤さんは痩せるかどうか試していると」
「うん。そうだ」
「で、自分は?」
「もち、お前もさ」
加藤さんは汚い八重歯を見せて、サムズアップする。
「ええ!?」
俺はすごく嫌そうな声を出す。
「痩せるだけでいいんだ。楽な仕事だろ?」
しかし、目の前の先輩は汗だくだった。
楽か?
◯
「どうだ? 痩せたか?」
「マイナス1キロっす」
体重計に乗った俺は計測結果を見て言う。
「体脂肪率は?」
「37%です。前と1%の差です」
「うむ。確実に痩せているな!」
加藤さんは満足気に言う。
……体重は汗として流れた水分。体脂肪率は誤差では。
「さあ! 目指せマッソー! 女達を見返してやれ!」
◯
翌日、筋肉痛で俺は機敏に動けなかった。
「情けない! あの程度の筋トレで!」
「堪忍してくださーい」
とりあへず俺は筋肉痛でも筋トレDVDで運動をする。
「健全なる魂はー、健全なる筋肉にやどーる」
「うーーーす!」
◯
そして一週間が経ち──。
「痩せた?」
「自分は……まあ、初めからすると2キロは痩せましたね。加藤さんは?」
「1キロ」
「…………」
「痩せないね。やっぱ食事制限も必要だね。さて、僕は原稿を書くから君はこれを」
と、渡されたのは『ヒクソンが教える一週間激痩せレゲエダンス』のDVDパッケージ。
「なんすか?」
「今度はこれ」
「えー! まだ続けるんですか?」
「デスクにもっとやれと言われてね。ちなみに僕はあれを」
加藤さんはチェアを指差す。
「ええと……」
「知らない? ビックリ腹筋フルフルチェア。あれは背もたれの部分が地面近くまで後ろへ倒れるんだよ。それで背もたれが戻ってくるから楽に腹筋できるんだよ」
「ああ!? あれですか? 倒れるだけでいいと言うキャッチコピーの。友人が持ってたので知ってますよ。しばらく自分も借りましたし。それにしても……へえー。初期のやつは初めて見ました」
自分の知ってるビックリ腹筋フルフルチェアはもっとコンパクトのやつだった。
「他のもあるの?」
「ありますよ。というかそっちの方が有名では?」
「そうなの。あっちゃあー。ミスったな」
「ちなみにあれ、自動で戻るわけではありませんよ。補助みたいな機能があって、戻るとき多少楽に戻るだけですよ。腹筋を使って戻る必要のないというわけではありませんから」
「え? そうなの?」
「そうですよ。そんなんだったら腹筋が鍛えられませんよ」
自分も初めは自動だと思ってたら実は多少の腹筋は使わなくてはいけなくて驚いた。
キャッチコピーは倒れるだけでいいとか言ってるくせに。
「あと、あれやりすぎると血便になりますよ」
「まじ?」
「腹筋が楽なのは確かですけど、テレビを見ながら長時間やり続けると腸がやばいことになりますから」
「き、気をつけよう」
「喉も気をつけてくださいね」
「血便に喉ね」
「あれは本当に痩せるけど、痛い思いしますよ。あ、加藤さんのはチェア型だから後ろに反る時は後頭部にも気をつけてください」
「オ、オッケー」
◯
「ぎゃあぁぁぁ! 助けて! 戻らない! 戻らないよ!」
加藤さんはビックリ腹筋フルフルチェアの背もたれを後ろに反らしたままで前に戻ることが出来ないらしい。
マッソー! 赤城ハル @akagi-haru
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