痩せたければ、重くなれ!~痩せた畑にゃ作物は実らぬぞ~
国見 紀行
鍛えたのは脂肪? 筋肉? それとも別のピンクかな?
「ねえ、ジョギングに興味ない?」
幼馴染の
「どうした、急に」
「だってさ、
こいつの右眉がつり上がっているときは、本心を話していない。
「本当は?」
「ジョギングに付き合いなさい」
「またどうして?」
見たところ、こいつの体に不必要な肉は付いていないように見える。
「別に間食も何もしてないのに、また太ったのよ! 信じらんない」
「どれどれ?」
俺は本人の了解を得ずに二の腕をまさぐる。
揉み心地のいい腕だ。
と言うのは冗談で、腕の太さからして筋肉量は少なめ。脂肪が占める割合は年齢的にも確かに多めな気はする。
だが、許容量とも言える。俺のだけど。
「そんなついてるようには感じないぞ?」
「馬鹿ねぇ哲彦は。もうすぐ夏休みでしょ? 水着着るにはスタイル保たないと!」
「誰に見せるんだよ水着姿なんか」
俺だけでいいんだよ。
「もちろん、同じ部活の神崎先輩に決まってるじゃん!」
「お前、合唱部だろ……」
その週の土曜日。
お互いが部活のない日の朝を選んでいたら、週末になった。
「おはよ、ってあんたそれ学校のジャージじゃん」
「いいんだよ、動きやすいし。てかお前……」
やたら気合の入った格好で朔美は現れた。バイザーにタンクトップ、短パンの下にはスパッツ。靴は流石に普段の運動靴だが。
「じゃあ、最初は私のペースで行かせてもらうわ!」
そういって、準備運動もほどほどに走り出した。こむら返りになっても知らんぞ。
そんなこんなで半月ほど朔美とのジョギングが続いた。
「ねえ、なんか体重増えたー」
非常にご立腹な女子が朝のお迎えのときにぼやいてきた。
「そりゃ増えるわ。小さな畑でいい作物は実らんからな」
「えー? せっかく毎日朝食抜いて頑張ったのに」
出たよ、一番やっちゃいけない行動其の一。
「ばーか。飯はちゃんと食え」
「だって、食べるから太るんでしょ?」
「これだからダイエット初心者は。食うんだよ。一日動く量と同じだけ食えば、基本太らねぇから。食いすぎるから太るんだろ」
「え、食べなきゃ痩せるじゃん」
「いいか? 食べずに動くと最初に減るのは『筋肉』なんだよ! 脂肪より筋肉のほうがエネルギーに分解しやすいんだからな」
「はぁ? でも今私は太ってるんだよ?」
どっからどう見ても健康体です。
「逆だよ、普段動かないお前が運動してるから筋肉がついてきたんだよ」
「私は筋肉が欲しいんじゃなくて脂肪をなくしたいの!」
「燃やす先の筋肉がなかったら、脂肪も貯まる一方だっつーの。だから普通は筋肉を先に増やすんだよ」
「じゃあ、この先痩せていくってこと?」
やっとそこにたどり着いたか。
「それは間違いない。必要量の筋肉が付きさえすれば、自ずと痩せていくからな。うまく鍛えればピンク筋もできるぞ」
「なにそれエロい筋肉?」
「バカ。脂肪も燃えて力も強い最強の筋肉だよ!」
そんなやり取りは、夏休みに入ってからも続いた。
だが、ある朝朔美は両目を腫れぼったくさせてやってきた。
「どした?」
「……先輩、彼女いるんだって」
ああ、フラれたのか。ちょっと安心した。
「ちょっと安心したでしょ。愛しの朔美ちゃんが取られずに済んだ、って」
安心したのは確かだが、はて、俺は何に安心したんだろうか。
「そもそも、お前そんなに体重変わってないだろ」
「残念! お腹周りはかなり引き締まってきたんだから!」
朔美はタンクトップをまくりあげてその成果を見せびらかす。
同年代の女子の腹部をマジマジと見る機会などないが、確かにだらしなくたるんだ様子はない。うっすらと浮き上がる腹筋と折れそうな腰に、俺は興味なさそうな表情を作りながらじっくりと目に焼き付ける。
「目がエロい」
「大声出すには腹筋が重要って言うしな」
「興奮した?」
「俺はうなじが好きなんだ」
「ああ、だから私のすぐ後ろを走るんだ」
「つべこべ言ってないで、準備運動しろよ、怪我するぞ」
「はーい先生」
準備運動の最中、俺はある不安に襲われた。
「なあ、ジョギングは続けるのか?」
少し沈黙。
「昨日ずっと考えてた」
ああそうか、そうだよな。
ダイエットの目的は先輩に水着姿見せるためだっけ。
「とりあえず、効果が出るまでは続けようかな、って」
そりゃよかった。
「そりゃよかった」
またしても沈黙。今度は少し長い。
なんか変なこと言ったかな?
「ちゃんと効果が出るまでは付き合ってよね!」
いうなり朔美は先に走り出した。
慌てて俺もあとから追いかける。
「おい、いきなり走り出すなよ!」
準備運動、言うまでもなかったかな? 耳まで真っ赤になってやがる。
痩せたければ、重くなれ!~痩せた畑にゃ作物は実らぬぞ~ 国見 紀行 @nori_kunimi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます