35.葬式ー決意
「ダイちゃんは残るっていうの、こんな所に、あいつらの餌食になろうって言うのっ」
また大輝は体を押さえつけられた。今度は両肩だ。和絃の手で上から体重をかけられる。
「ごめんね、ごめん、ダイちゃん俺ね、やっぱり辛いよ、凄く疲れたんだ、ダイちゃんを追い込んで、ここまで犠牲にさせてごめんね」
「もう、謝らないで」
和絃を見上げると、彼は小刻みに肩を震わせて笑っていた。しゃくり上げて泣いてもいいのに、和絃は口許に弧を描いて、火がついたように笑い出す。
「ごめんね、俺が君を追い込んだんだ、俺の神さまはダイちゃんだから、絶対に手放したくないから」
和絃の顔が近づいてくる。湿った吐息が頬にかかり、大輝の目をのぞき込んでくる。
「ダイちゃんの日記、毎日読んでるよ、君が何を考えて、何を見てきたか、全部知りたいんだ、俺は君とひとつになりたい、君が欲しくて、愛おしくてたらない、苦しいんだ」
「それならば全部あげる、僕のこれが欲しいなら貰ってよ」
「違うんだよ、いらないよ、俺がダイちゃんを好きなのは、その能力があるからだなんて思わないで欲しい、それにね、俺には分不相応な能力だ、ダイちゃんにこそ、違う、適任者は君しかいないんだ」
膝を合わせた太輝は、太股に力を入れた。
「ダイちゃんを愛してる。そんなありきたりな言葉では例えようのないほど、君を崇拝している」
太輝の頬に、和絃のざらついた舌が這う。
「か、和絃、なにして」
唐突な接触に大輝は顔を背けた。異常な感情をぶつけられているのに、自分は悦んでいる。綿貫と同じ感触なのに、あまりの歓びに心がとろけそうだ。腰あたりがざわつき、鼓動が早くなる。
「ダイちゃんのご両親から聞いたよ、最近、眠れないんだってね」
頬から耳朶まで、ゆっくり丹念に舐める舌の感触、和絃の声が鼓膜を刺激する。
太輝は邪念を振り払おうと頷いた。
「愛しているよ」
和絃の体臭が、線香の匂いと共に、大輝の鼻孔に吸い込まれる。大輝の口から甘ったるく湿った声が漏れる。反応に気を良くした和絃が、肩に置いた両手を大輝の首筋に移動させた。肩甲骨から薄い皮膚に覆われた首の肉を、和絃の湿った手のひらがこねるように動く。
「ダイちゃん答えて、俺の思いに応えて」
太輝は首を仰け反らせ、身をよじる。額から首回りにかけて汗が滲む。和絃の手のひらが襟足をくすぐる。乾いた感触ではなく、甘やかな歓びがわき上がる。駄目だ。先を期待なんてしてはいけない。
「駄目だよ和絃、は、離して」
「ダイちゃんに言われたら、俺が逆らえないの分かっているくせに、俺が君に敵わないって知っているでしょう」
一体どういう心理状況なのか。和絃の触れている箇所は、綿貫が大量出血で死ぬに及んだ同じ首なのに、どうして欲情できるのか。
夢で見た綿貫の死に際は酷いものだった。綿貫はとどめを刺されず、苦悶の表情で息絶えるまで、畳の上でのたうち回っていた。それもは性行為中にだ。相手の女性も返り血を浴びていた。そんな常軌を逸した寸劇が脳裏に浮かんでいるというのに、大輝の体は反応していた。和絃に触れられるだけで、つま先からブワリと粟立つ。歓喜を呼び起こし、このまま彼に身を委ねてしまいそうだった。
「ずっとずっと好きだった。和絃が好きで」
不自然に太ももを重ねて、大輝は訴えかける。この流れで和絃に告白をして終わらせたかった。この場当たり的な衝動を止めて欲しい。その一心で声を絞り出す。
先ほど和絃は、大輝を神と称した。その話の続きがどうしても気になった。
「だから、僕を神さまだなんて言ってくれて嬉しかった、でも違うよ僕は神さまなんかじゃない、卑屈で取り柄もなっ」
下手くそな告白が和絃の唇で塞がれた。甘くてしびれる和絃の柔らかい肉が、角度を変えて、もう一度触れた。
「嘘、和絃とキスした」
頭から胸の奥まで、一気に溶けていく。頬を熱くした大輝を、和絃はオブラートに包むよう耳元でささやいた。
「ダイちゃんは神さまだよ、俺だけの神さまなんだよ」
頬肉を盛り上げた和絃は、艶然と微笑む。大輝は目を細めた。受け止めるにはあまりに甘くて眩しかった。
「和絃、怖いよ」
太輝の見ている未来は明るいのだろうか。今夜見る夢には誰が出てくるのだろう。どうか幸せな内容であって欲しい。好きなバンドの曲でプレイリストを作るみたいに、望んだ夢だけを見させて欲しかった。
「俺がいるから大丈夫だよ、安心して」
「僕はこれからどうなるの」
手の甲に唇が押し当てられた。
「ダイちゃんは神様になるんだよ」
「いやだ」
「大丈夫、君が『白庭』の救世主になるんだ」
「僕の意志はどうなるんだよ、求められてばかりで、皆の要求についていけないに決まってる」
将来を諦めろと言うようなものだ。夢や希望も打ち砕かれた。
「俺も一緒だよ、ダイちゃんを傷つける奴は消すから、ずっと側で見守っているよ、俺は君だけを愛して、君だけを崇める、俺と一緒に生きていこう」
太輝を神様と崇める和絃は、今まで見たことがないくらいの満ち足りた笑みを浮かべた。また涙を溢れさせている。彼は泣き虫だった。
「僕の手を離さないでね」
「ああ、そのつもりだよ」
夜の淵に見た和絃の瞳は、部屋の照明の光すら遮断し、透明な水の膜で光を作り出していた。
翌日、大輝を戒めていた綿貫の枷から自由になった。これで飛び立てると胸を騒がせる。それでも太輝は自らの意志で『白庭』に残った。
和絃の用意した新しい籠はとても快適だった。和絃の愛に満ちた空間で太輝は深い夢に誘われた。いつも和絃が側にいたし、添い寝もしてくれるから、太輝がうなされることはなかった。もし辛い夢を見ても、目覚めたらすぐ横に和絃がいるから、太輝は幸せだった。
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