34.葬式ー能力の扱い方

「これは形式だけの儀式だよ。誰もあんな男の死を心から悲しんでいない」

「どういうこと」


 大輝の体に触れた綿貫の舌と手の熱さを知るものが、今宵集う者の中にどれだけいるのだろうか。大輝が慰め者として扱われていた秘密は、皆にとって周知の元だと言いたいのか。大輝はよからぬ憶測が脳裏をよぎる。


「先生は、何をしていたの、正か僕以外の子供を」


 和絃は苦々しい表情で吐き出し始めた。大輝の口から性的被害の話が出てくるとは思わなかったようだ。


「ダイちゃんは、もう察しが付いてるよね、俺が教団と係わりがあって、自分の父親が新興宗教の教祖だって認知していることも」

「うん、この前の夜、睦実さんを交えて電話をしたあとから、そうなんじゃないかなって」


 一呼吸置いて、和絃は言葉を継いだ。


「そうだよ、さすがダイちゃんは頭が良いな、君を監視する重大な役目を担った理由も、俺が教祖の息子だからだよ。でもね、それも過去の話だ。そう、親父が手を出した信者は数えたらきりがない、親父を殺した女も、元信者で親父の愛人だった」


 深くは追求しなかった。佐々木の報告通り、大輝は予知夢を見ていたのだ。

 綿貫の死因は、公では心不全である。太輝は一月前くらいに、綿貫が死ぬ夢を見た。和室で睦美と和絃が血を浴びて、倒れている綿貫を囲んでいた夢とは違う。あれは綿貫が殺された後の映像だった。綿貫に死が訪れる瞬間を、二人は部屋の外で待っていた。女性と入れ替わるように、二人は父親が息絶えるのを狂喜していた。綿貫の口から血が噴き出す。二人はそれを浴びただけだ。


「先生は、家で、殺された」

「ああ、そうだよ、和室は血まみれだよ、お陰で畳を全部張り替えないといけない」


 どうやって入り込んだのだろうね、と和絃は愚痴る。たばこの火を消すみたいに靴底で床を踏みつけた。太輝の予知夢がどれほど鮮明か、和絃は知らないようだ。彼は嘘をついている。女性を招き入れたのは彼ら兄弟だった。


「あの男は己の欲に溺れて、教団の評価を下げるだけだった、能力を利用するためにすり寄ってくる輩には信望を得ていたけど、教祖としては最悪だった、『白庭』が腐敗していくと信者達から不満も出ていたくらいだ」


 熱弁をする和絃は、拳を作って一つ宙を切る。


「それならば、どうして脱会しなかったの、他にも宗教団体はあるはずだ、信じるに相応しい神さまだっていたはずだ」


 まだ和絃は高校二年なのに教団の事情に妙に詳しい。いまいち大輝には理解できなかった。


「それはね、ダイちゃんが一番理解してると俺は思っている」


 和絃は振り上げた手を力なく下ろす。彼の動作を大輝はじっと見ていた。そうだ、自分の両親を思い出せば明らかではないか。


「信じたい神は、ただひとりしかいないんだ、皆の前に現れた聖人ではないと、彼らにはそれが親父だったんだ」

「皆にお金を配っていたの、僕の家みたいに」


 和絃はかぶりを振る。


「ダイちゃんの家は別だよ、寧ろ慰謝料としてだね、親父はその倍の金を、信者から貰っていたくらいだから」

「慰謝料」


 太輝がつぶやくと、和絃の瞳が暗鬱な色を湛えた。彼は怯えている。


「うん、そうなんだよ、親父は情けない、本当にね、金で君の両親を黙らせて、全部許されるとでも思っていたんだろうね」


 綿貫は年甲斐もなく色に溺れて金に踊らされた。綿貫の豪勢な晩年を、和絃は我がことのように「恥さらし」と嘆く。


「ここの教団は法人ではないから、寄付金は非課税にはならない、デメリットにも思えるけど、それでも神社の賽銭箱に入れて気持ちがすっきりするのと同じように、お金を捨てて彼らは汚れを捨てようと、わらわらと教団にお金を捨てていくんだ。それでいいんだよ、そうやってこの世は回っているんだ。神頼みも金で解決しようとする」


 呆然とする大輝は、和絃から能力の法則を教わった。


「ダイちゃんの身に宿る能力、それは宿主の体の成長に合わせて育っていくんだ、だから、最初は夢に忍び込めるだけで、予知夢を見るまでには歳月が掛かる、親父は君と同じ十五の時に能力が芽生えたんだ、眠りながら未来を見るようになったのは、精神科医として新米だった三十代からで」


 そう和絃は説明した。


 それでは、大輝の中に眠っている忌まわしいものが、すくすくと成長していたというわけだ。急成長だ。


「和絃は、僕に係わらない方がいい」


 話を聞く限り、元凶である綿貫が死んでも事の重大さは鎮火しないように思えた。これから先、大輝の能力を利用しようと近寄ってくる輩は増えていく。それならば、和絃と睦美を巻き込んではいけない。彼らも既に背負いすぎている。


「和絃たちに迷惑をかける、今だって凄く辛そうだ、疲れて、倒れそうなのは和絃のほうなのに」


 太輝は腰を上げて、椅子から立ち上がろうとした。

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