31.葬式ー嫉妬
「この後、教団の幹部が別室に集まる。そこで大輝に説明する。すまないが俺から言えることはそれだけだ」
教団上層部の集う空間に大輝も同行する。綿貫が他界して「悲しい」と嘘八百を並び立てて、彼らと同じ時間を共有する。すなわち、大輝は『白庭』から逃げられないということだ。今すぐこの場から逃げ出して、無謀であってもいいから誰かに助けを求めたかった。太輝が手を伸ばす先は『白庭』関係者ではない。人の歩いている大通りに出て、目に入った車に駆け寄りたい。
大輝は言いようのない恐怖で、参列者から目を離せなかった。
和絃と睦美、家族への懐疑が芽生え、正か自分は道化師として笑われていたのか、と猜疑心でのたうち回る。違う。和絃たちは謝っていたではないか。そう迷子のように行き戻る。結局は大輝にだけ真実が隠されたままで、
嘘と本音がごちゃごちゃになり、全てに対して執念深く疑点を探るしか、自分を正当化できない。
一気に嫌悪感が大輝を丸呑みにした。
「行きたくない」
地の果てまで逃げたい。両親の生きがい、妹の未来を支えようと、綿貫の可哀想なほどの劣情を受け入れてきた。それなのに話が違うではないか。能力を授かったとはいえ、合意の元ではなかった。勝手に頭に手をかざされて、能力を移動させられただけだ。自分は被害者だ。太輝が間接的に係わってきた教団に、いま正に取り込まれそうだと気付くや、足下から凍り付く。
「離してください」
椅子から尻を浮かした。睦美の無骨な手で腕を掴まれた。大輝は椅子に体重を落とした。嘘みたいに身動きが取れなかった。
「許さない」
「いやだ、お父さんとお母さんだけで良いじゃないか。僕は嫌だ嫌だ嫌だ」
正面を向いていた睦美がこちらに上体を傾けた。大輝を壁に押しつける。
「今更お前は何を言っているんだ、親父からその能力を授かったというのに、正気かっ」
睦美の言い分に、太輝は目を眇めた。涙が溢れ出た。制服のズボンにボタボタと落ちるが、拭うにも両手が塞がっていた。コンクリートの壁にめり込むほど、大輝の肩がよじれる。
「ふざけるなっ」
葬儀の場だと忘れたのか、睦美が激高する。彼は白目に赤い線を浮かせている。
「正気じゃないよ、ねえ、父さんたちもそうだろう」
睦美の隣に座る父と母に助けを求めるも、「諦めなさい」とでも言いたそうに首を横に振った。
「本来なら、俺だったんだ。お前の頭の中にいる能力がな、いなくてはいけないのは俺だったんだよ。俺こそ相応しかった」
睦美の叫びに、大輝は何度も頭を上げては下ろした。そんなの知っている。自分のような人間が扱える能力ではないことくらい、太輝が一番理解していた。睦美の訴えが悲しいほどに伝わってくる。悲しい。胸の奥が痛い。
大輝は唇を強く噛み、嗚咽が漏れないよう歯を食いしばった。
「それを、親父は、あのタヌキじじいがな、なんて言ったと思う。お前はけがれているって、ふ、ふざけるな」
大輝は俯いた。二の腕を掴む睦美の手が震えて、彼の声に涙が混じっていても、何も言い返せないでいた。睦美の怒りを黙って受け入れた。睦美が自分を責めるのは正当な判断だからだ。
「俺だって、あのくそ親父に」
睦美は喉に詰まったような鳴き声を漏らす。
「なんで、お前だけ」
つっかえを吐き出すよう大輝に訴えかける。
「くそ親父なのは同感だ」
和絃の声がした。パイプ椅子が並べられて人の混み合う隙間を縫い、和絃がすぐそばまで来た。
「睦美その手を今すぐ離せ、ダイちゃんに何をしてるんだ、このクソが、お前こそマジで死ねよ」
示し合わせたように両親が席を立つ。と、空いた椅子を和絃は折りたたみ、近くにいた男性に運ばせる。和絃は長い足を伸ばしてスリッパの裏で、睦美の椅子の脚を蹴った。その衝撃で睦美の体がふわりと後ろに倒れた。
「って、めぇ」
こちらの騒動に気がついたのか、会場がざわめき立つ。強い圧迫から解放された大輝は、睦美が視界から消えた、と事態を飲み込めないでいた。和絃を見上げるよりも先に、大輝は後ろに倒れ込もうとする睦美を助けようと手を伸ばした。その手も和絃によってすくい取られる。
「まだ弔問客がいらっしゃいます、ほどほどにして下さい」
睦美の背後に、パイプ椅子二脚を片手にした佐々木が立っていた。睦美と和絃よりも背の高い佐々木は、睦美の身体を支えて元の状態に戻していた。
「ダイちゃん、腕が痛いよね、ごめんね、睦美が酷いことして、本当にごめんね」
和絃が猫なで声で、大輝の足下にひざまずく。すると騒がしかった周囲の声が瞬時に凍り付く。
「か、和絃」
「泣いてるね、睦美が泣かせたんだよね、もう大丈夫だよ、ほら、俺と他の部屋に行こうね、そこは安全だから」
実の父が亡くなった葬儀でもあるのに、和絃は実の兄の睦美よりも、他人の大輝を優先する。和絃は目を細めて穏やかな笑みを向けてくる。
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