第三章

30.葬式ー謁見

 一週間後、綿貫が逝去した。


 その死は新聞の三面記事で報じられた。死因は心不全と載っていた。綿貫の葬儀は盛大に執り行われた。弔問客の数が多く、政治家、実業家、芸能人など、名だたる権力者が参列した。


 参列した大輝は別室で、とある男と対面していた。その男は葬儀の夜に、太輝の世話役を務めると挨拶に来た。


「僕の世話役って、なにか人違いされているんじゃ」

「いいえ、沢村大輝さまです」


 男は佐々木恭輔と名乗る。年は二十五歳と若いに似合わず、佐々木はひどく老成した雰囲気で、神経質な二枚目というタイプだ。


「拝謁できて、誠に光栄です」


 そう大輝が印象づけた佐々木は、身の毛のよだつ話を始める。


「綿貫先生の死因は、首の頸動脈を切られたことによる失血死と判断されました」


 予期してはとはいえ、さすがに血の気が引く。太輝は黙って聞いていた。


「首をこう、スパッと切られたみたいです。相手の女性を警察には渡さず、我々教団が人目に立たぬよう処理しました、ですから大輝さまはお気になさらず」


 佐々木は平然とした顔で伝え終えた。


「報告は以上です、さあ葬儀場に戻りましょう」


 佐々木に連れられて、太輝は会場にたどり着いた。足下のおぼつかないまま、太輝は両親の座る場所にふらりと移動した。後列の壁側に座ると、目を赤くさせた両親と視線が合う。


「大輝すまない、私たちは先生に自分たちの欲を押しつけていたよ」


 父親の啓一郎は目元にハンカチを当てながら、太輝に頭を下げてくる。


「ごめんなさい、太輝があんな酷いことをされていたなんて、母親失格だわ」


 もう何度も聞いた弁明に、形式だけはと頷いた。どうせ言い訳だ。馬鹿正直に返答しても、無駄な労力だと知っているからこそ、太輝は喪に服そうと口を真一文字に結んだ。 


 病院の帰り道、そのまま帰宅できるものかと思った。それなのに大輝はホテルに軟禁された。冬休みが始まってから、いつもそばに両親が張り付いていた。「雪子はどうしたの」そう聞いても「お留守番してるわ」質問をはぐらかされるだけだった。


「よう、大輝」


 親族の席から睦美が移動してきた。


「睦実さん」


 彼が両親に会釈をする。と、両親が横に席をずらした。空いたパイプ椅子に睦美が腰を下ろす。彼とは病院の診察室で会ってから、顔を合わせていなかった。彼がこの一週間をどう生き抜いたのか尋ねたかった。前列の親族席に目を動かすと、制服姿の和絃がこちらを見ていた。


「彼らは古くからの患者だ、信者でない者もいる」


 よそに注意を向けていた太輝は、睦美の抑えた声を聞き逃した。


「えっ、なんですか」


 睦美はその厚い上体を前屈みにして、前方の参列者を睨み付けた。


「あいつもだ」


 睦美は参列者ひとりひとりの特徴を説明した。あくまでも独り言を貫くつもりか、正面を向いた睦美は、声を潜めて続けた。それはまるで大輝に言い聞かせているようだ。泣きそうになる己を鼓舞しているのかもしれない。


「太輝はあいつらの名前なんて覚えなくていい、必要なときに俺たちが教える。だけどな、あいつらの顔だけは忘れるな」

「どうしてですか」


 お経が大輝の忍び声を隠してくれたらどれだけいいか。か細い声は、自分でも不気味に思えてくるほどの、弱さを自覚させた。師を失って、悲しみに満ちた信者達の憐憫の情とは違う。一種の恐怖であった。


 綿貫に死亡宣告をしてから、和絃と睦美の態度は明らかに豹変した。大輝に対して友人としてではなく、同じ『白庭』という宗教団体に係わる者として接してくる。彼らの主語は『白庭』で始まり、「それで太輝はどうする」かで終わる。彼らの言動の変わりようが不気味でならなかった。


「何でですか、どうして僕なんかに」


 大輝は疑問を呈した。すると睦美によって、子鼠みたいに部屋の隅に追い込まれる。


「な、なんですか」

「静かにしろ」


 いつから、なにを、どこまで、彼らは大輝を知っているのか。和絃と睦美も教団の信者なのだろうか。問い質したいことは山ほどとある。しかし彼らは、大輝が口を挟もうとする隙を一切許さなかった。拒絶と言うよりかは怯え、そう大輝の目に映った。

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