28.最後の審判ー死

 綿貫は理解したのか、体を硬直させた。絶望。まさにその言葉がふさわしい表情をした。もっと見たい、そう目を見開いたのに、綿貫の姿が唐突に消えた。


「ダイちゃんっ」


 後ろから和絃に抱き寄せられる。前が見えない。視界を和絃の腕に覆われて、今まさに死を宣告された綿貫の念願の瞬間を拝めないではないか。


「私が、死ぬ?」


 綿貫の声はここでも他人事であった。


「自分の死を予知できないとは本当だったんですね。そうです、先生ご自身の、人生のツケを払うときが来ました」


 耳をつんざく可哀想な悲鳴が起きた。


 今そこに、綿貫の死が迫っている。「死とは、なんと美しいのか」ことあるごとに信者に向けて講釈たれた教祖が、愛でていた後継者に死期を告げられる。綿貫は教祖をただ演じていただけであった。師と崇め、第二の父として慕った男のなれの果ては虚構だ。綿貫の追求した理想郷は、作り物でしかなかった。


「和絃、僕の声は先生に届いているかな」


 和絃の胸に後頭部を預け、鼻孔いっぱいに彼の体臭を嗅いだ。今だけは許して欲しい。綿貫によって汚された自分が触れてはいけない人だからこそ、どうか今だけは。


「ダイちゃん、ごめんね、ごめんなさい。ずっとダイちゃんを助けられなくて」


 なぜ和絃が謝るのだ。どうして、全てを知っているかのように、懺悔をするのか。


「ひぃいい、助けてくれ。私はまだ生きたい。大輝くんを置いて死んではいけない、お前たちにこの子をあげてたまるか」


 和絃の作り出す闇に視界が馴れると、彼は腕の力を弱めた。すると隙間から、騒々しい前方を覗けた。


「あんたは、もう消えてくれ、俺たちの前から、大輝の前から永遠に消えてくれ」


 睦美は発狂する綿貫を押さえ込もうとする。睦美の手が、彼の父の首にかかる。涙声で訴える睦美は、実の親を殺そうとしていた。


「私を殺すのかっ、私の教え子たちがお前らを地獄まで追いかけるぞ」

「お前はもう能力が衰退している、新たな教祖も決定して、信者どもは納得している」


 頭上から和絃の落ち着いた声が降ってくる。一体何を言っているのだ、気が触れているのか、和絃の言う提案を『白庭』の信者が受け入れるわけがない。甚だ理解に苦しむ。それに和絃は能力と言った。


 ああ、そういう事か、と太輝は脱力した。

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