27.最後の審判ー好色

「和絃がね、どうやら君のことを心配しているようで。しかし、それも行き過ぎた妄想で、本当に私も困っているんだよ」


 綿貫はいつものように、目を細めて紅茶をすする。

 太輝は黙って彼の愚痴を聞いていた。遠回しな表現だと眉頭を歪め、非難の視線を送る。


「私が大輝くんを脅していると、物騒なことを言うんだよ、おかしいじゃないか、君の家族はあんなに幸せそうなのに」


 存分甘い汁を吸わせた家族を楯にされている。

 綿貫は本来の能力で教祖として崇められていた。人の予知夢を見られる超能力者の綿貫は、老化とともに能力が低下して、袋小路に入り込んでいた。そんな彼にとって太輝は扱いやすく、自分好みに育てやすかったのだろう。大輝は都合の良い器であった。反政府勢力と手を組んで、愉快犯としてむやみやたらに暴走しない。綿貫の手ほどきを受けて、素直に吸収する大輝の姿は滑稽で愉快だったであろう。


「太輝くんは私に協力してくれた大切な人なのにね」


 大輝を新しい傀儡として利用してきた。違う、再利用だ。綿貫の能力を埋め込む器として、大輝は生かされている。綿貫に渡したままの夢日記は、未だに一冊も戻ってきていない。


「そうですか」


 数分前まで太輝の母親の体に触れていた手が、美しくもおぞましい男の顔が、大輝のそばに近づいてくる。


「今日はどうしたんだね、明日から冬休みだというのに、機嫌が悪そうだ」


 大輝の首筋から流れる汗を、綿貫が手ですくう。そのまま自分の顔の前に移動させた綿貫は、肉厚な舌で手のひらを舐め上げた。


「大輝くんはかわいい、君を遺して朽ちていくのが惜しい。どうだろうか、私と一緒に死んではくれないか」


 己の手を舐めしゃぶる綿貫の、もう片方の手が大輝の股に忍び込んだ。今にでも漏らしてしまいそうな恐怖に怯え、抵抗もできない。そんな大輝をいいように調理している。


「白庭も大きくなり始めた、君の感性は研ぎ澄まされて実に素晴らしい。私が見るよりも、大輝くんの書き綴る日記の方が描写も鮮明で、現実と夢の境が分からなくなるほど、それは美しい、君の心は透き通っていて濁っていない。私への憎しみを凌駕する透明さだ」


 和絃を思って独りでする時みたいに、意図を持って大輝のズボン越しでやわやわと触ってくる。


「もう夢を見るのは疲れたんだよ、私は君と同じ歳からずっと他人の夢を見てきた。利用してくる権力者を手込めにして、世渡りをしてきたものだがね。それでも私たちの信者は欲が深い、実に浅ましい。大輝くんのご両親は特にね、だから君を遺して私独りだけで死んでいくのが悲しいんだ」


 大輝とふたりだけの面会の時は決まって、綿貫は体に触れてくる。


「睦美と和絃、あの子たちはね、けがれているんだよ。不浄な者であるから、はなっから後継者として眼中になかった。誰を後釜にしようか迷っていたところ、沢村夫婦のご長男が可愛くてね、どうしても欲しくなったんだよ、私の道連れに、私の人生の集大成として最高の器にしようとかわいがっただろう」


 十五の夏に見た夢、あれは本当だった。綿貫の真意であった。


「け、けがれているって」

「君は和絃を過大評価している。あの子は化け物だ」

「化け物」


 ことばを反すうする。


「睦美もそうだ、あの子たちはね、欲の化身なんだよ。私よりも醜い」


 酷く自分勝手な言い草だ。


 太輝は無性に悲しくなってくる。いったい由比は、こんな男のどこが良いのだ。父親よりも心を傾けて、のぼせ上がるほどの価値はあるのか。大輝が自慰を知ったのも、父親からではなく、和絃からでもない。綿貫の手によって教え込まれた。そうだ、綿貫こそ第二の父であった。育てた子供に手を出して、能力を授けて金に換える極悪非道な父親だ。


 近ごろ頓に、大輝の身体を触ってくる。尻へ手を這わせてくる。


「ここはもっと気持ちが良いよ、でもね、ここを触るよりも、楽しい行為があるんだ」


 性に未熟な子供が、親しい大人によって手ほどきを受けて、初めての快楽を知る。溺れないくらいの加減で、あくまで大人として教授する体で半年に一度、綿貫の手が大輝の体を這う。


「先生」


 部屋の外に和絃と睦美がいる。今も大輝の名を叫んでいた。大輝はここで初めて、恥を知る。


「何だね」


 どのくらい夢を見た、最近眠れているか。体力を付けて、外で目いっぱい遊んだ方が眠りが深くなる。そんな優しい言葉をかけてくれた時間を、自分たちはどこに置いてきたのだろうか。睡眠障害の診察をするよりも、時間ぎりぎりまで大輝を弄ぶ男の、善とした心はどこに捨ててきたのか。


「貴方だけ、死んでしまえば良い」


 大輝は初めて、綿貫相手に反抗した。実の父親以上に慕う綿貫を拒絶しようと、ソファから立ち上がり、覆い被さる綿貫の体を押しのけた。綿貫が一瞬だけ怯んだ隙に、大輝は廊下に出ようと後ずさる。


「貴方は死ぬんだっ、異教徒の女性に刺されて、死にます」


 後ろ手で鍵を開けると同時に、扉が大きく開く。


「夢を見ました、前回会った夜に、僕は夢を見ました。貴方の死期が近づいていることを、ここに報告します」


 最後まで早口で捲し立てる。

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