15.血まみれの夢を見た

 大輝は二つの異変を感じ取っていた。


 一つ目は和絃への思い。単純明快な恋愛感情なのか、未だに答えは出ていない。もしも和絃を思う感情が、同性への恋だけならば答えは簡単なのに。別段それを突き詰める気は起きなかった。どうせこの思いは初恋として叶わず、うたかたのように消えるのだから。


 二つ目は、目をつむって見る夢の話だ。不思議な現象で、いざ家族や和絃に打ち明けようにも、「大輝は思春期だから」と笑って返されるだけだ。家族なんて、綿貫に相談しなさいとより『白庭』への信心を深めていくだけだろう。そんな家族の反応を見越して、彼らに夢の話を打ち明けていない。その理由だって、言うも愚かな自尊心からに違いない。


 だからこそ和絃になんて言えるわけがない。和絃に気味の悪い奴だと思われたくなかった。どうせ夢の話だ。不確かな妄想として心配をかけたくない。たとえ大輝の精神を虫食む元凶であっても、彼にだけは黙っていたかった。和絃に愛されたいのに、彼に嫌われるような悩みをさらけ出すなんて愚行だ。


 昨夜、大輝は夢を見た。


 いまと同じ年ぐらいの和絃が、全身を血まみれにしている。さも世の絶頂を味わうかのように、ケタケタと笑う。和絃の鬼気迫る奇声が頭の中で跳ね響く。

 そこに睦美もいた。彼も今と変わらない風貌をしていたから、よりたちが悪い。睦美も笑っていた。和絃とは対照的に、睦美は泣き叫びながら、頭を抱えて発狂していた。こんな内容を見るだなんて思いもよらなかった。

 睦美も鮮血を浴びていた。高校指定のえんじ色のブレザーと、襟元の白いシャツを朱に染めあげていた。彼らが一人の男性を囲んで、喜々として取り乱す。そのさまは狂気を覚えるほどグロテスクであった。

 血まみれで倒れている男性は綿貫だ。死んでいるように見えた。どうしてこの二人が、綿貫と一緒にいるのだろうか。もしかしてこれは太輝の夢かも知れないと考えても、畳に飛び散った血の温かい感触に背筋を震わせた。


 昨夜を思い出した大輝の顔がこわばる。だってあれは彼らの夢だから、二人の誰かの願望だろうか。ふいに疑問が湧いた。果たして自分の見た映像は、ただの夢なのだろうか。いつもならば答えは分かりきっているのに、どうしてもただの夢だと決めつけられなかった。

 昨夜の夢はどこか違和感を抱かずにいられない。奇怪な物語にしては物騒であっただけではなく、兄弟二人の取った行動にしては、常軌を逸していたからだ。あの惨劇がどこかで起きた可能性だってある。それならば、和絃と睦美は綿貫を殺めたのだろうか。綿貫は死んだのか。


 今朝、それとなく母親に聞いてみたら、病院は通常通り開いているそうだ。「受付の方に心配をされて恥をかいたわ」と、母親は太輝を責めた。


 ついに自分の精神は壊れ始めてきたか。現実と夢の狭間があやふやとなってきた。ただ大輝は怖れた。人の血

を浴びて発狂する友人たちの姿を、自分は傍観者として見ていた。それらを夢だと冷静に判断していたからだ。


 まぶたが重く、目頭が熱くにじみ、急に睡魔が襲ってくる。歯をかみしめてあくびをかみ殺した。


「ダイちゃんの方こそ、眠そうだね」


 眠いよ、とてもまぶたが重いのだ。助けて欲しい。


「うん、眠くて、でも、眠るのが怖いんだ」


 ふと出てしまった本音に、太輝は口をきつく閉じた。


「怖いんだ、ダイちゃん、授業サボって屋上で寝よう」


 どうして和絃は馬鹿にしないのだろう。いつも太輝の欲しい言葉ばかりくれる。こいつなんでいつも眠そうにしてるんだろう。そう皆と一緒になって馬鹿にすればいいのに、和絃はいつだって太輝の味方だった。だから太輝は泣かないように笑うことしかできなかった。本気で和絃にエゴをぶつけたら、自分たちの関係は終わる。こうするしかなかった。それ以外どうすればいいのだ。


 偽物の友情ごっこだなと太輝は目を細めた。


「日に焼けるからいやだ」

「それもそうだ、ダイちゃんは日焼け止め塗ってよね、すぐに赤くなるんだから」

「和絃は黒くならないね」


 勇気を出して腕に触れる。すると和絃は困った顔をして軽く身じろぐ。その反応が寂しかった。そうだよな、触れられたくないよね。僕もそうだよ。と、太輝は先に階段を上った。


 大輝は思いしる。結局のところ自分は、和絃の表面だけしか知らない。今日こそ彼の悩みの正体を知りたい。和絃をもっと知りたいと欲張ってしまう。欲をかくときりがない。


 和絃からすればお節介に過ぎないだろう。太輝の睡眠不足を干渉してくる母親と、自分は同じ事をしている。

 それを知ってから、和絃に向けてしまう興味を抑えこんだ。しかし、和絃が好きで、彼を見ていたくて触れたくて、平気な顔して親友の座に居座ってしまう。そんな時、自身の軽薄さを恥じた。危うい綱を渡ろうとする自分は、なんておめでたいのか。こんな気持ち悪い夢を見ないようにしないと、人に恋をするなんて駄目だ。いつも世界を半目で見ているのだから、人を愛するなんてできやしない。

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