ご主人の上腕二頭筋

九重ツクモ

第1話

 僕はご主人の上腕二頭筋。

 左腕の方だ。

 右腕の上腕二頭筋は双子の弟。


 つい先週まで、ご主人は僕たち兄弟の育成に熱心だった。

 時間があればダンベルを握って、毎日毎日愛でていてくれたんだ。


 でも、ご主人は3日前から大胸筋の奴にかまけている。

 それだけじゃない。

 腹筋や腸腰筋、ハムストリングスたちのことも育成し始めた。

 3日前、ご主人が通ってるスポーツジムのトレーナーが「バランスよく鍛えないといけないですよ」なんて余計なことを言ったせいだ。


 あいつは何にも分かってない。

 そもそもご主人が筋トレを始めたのは、密かに片想いしてる女性が「力こぶが立派な男性が好き」って言ったからなんだ。

 だから他の筋肉なんて関係ない。

 お呼びじゃないんだよ。

 あの子を落とすのに必要なのは、僕たち兄弟だけなんだから!


 軽いトレーニングをするだけで一向に僕たちを育てようとしないご主人に、もどかしくなった僕たちは、ついに勝手に自分たちでトレーニングをすることにした。


 ご主人が寝ている間に、近くにある色んなものを持ち上げて、弟と必死のトレーニング。

 そのおかげで、驚くほど立派な力こぶが誕生した。

 ご主人は不思議そうに首をひねるけれど、僕たち兄弟は誇らしさでいっぱいだ。

 僕らが太過ぎて着られる服が少なくなるにつれ、これであの子もご主人にメロメロに違いない! と確信が持てた。

 さあ! いつでも告白の準備はOKだよご主人!!


 そう思っていたら、ついにチャンスが舞い降りた。

 駅の改札を入ったところで、偶然、ご主人の10歩前にあの子が。

 ホームへと続く階段を昇り……なんと、足を踏み外してしまったではないか!


 いまだ!!

 ご主人はすかさず僕を動かして、彼女をキャッチする。

 ナイスキャッチ!!

 と、力を入れ過ぎたのか、着ていたシャツが破けた。


「え、キモ」


 彼女の心底気持ち悪そうな声。

 ここで、僕たちは間違ってたって、ようやく気付いたんだ。

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ご主人の上腕二頭筋 九重ツクモ @9stack_99

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