第13話
ラザルスの答えに、国王は渋い声になる。
「平民と結婚すると言うのか」
「身分など、その得難い美質に比べればとるにたらないことと思われます」
「しかし前例がない」
「周囲は時間をかけてでも、私が説得してみせます」
真摯な声できっぱりと答えたラザルスに、国王もたじろいだようだ。
顔を上げて見ると、国王は「宰相」と隣にいたギルバートに呼びかける。それでようやくエディスは彼の役職を知った。宰相閣下だったのだ。
「そなたはどう思う?」
国王に問いかけられた彼は、心得たように「お任せ下さい」と答えた。そして顔を上げていたラザルスへ向き直る。
「殿下、条件があるのですが。これを飲んでいただけるのでしたら、周囲の説得もなにもかも私がお引き受けしましょう」
ラザルスもエディスもその言葉に驚いた。味方になってくれるというのだろうか。
「その条件とは?」
「そうですね。婚姻は一年ほど待っていただきたいのです。その間、週に一度でしたらエディス嬢と殿下を会わせてさしあげても良い。あと、以降も半年に一度は私の元へ彼女を帰すこと」
首をかしげるラザルスをそのままに、ギルバートはエディスに微笑みかけてくる。
「似ているだけではなく、その像は陛下が大切にしていたもの。それを知りながら敬意を払うどころか、邪魔ならばと破壊してしまうような娘達より、大事にしてくれたエディス嬢の方が誠の淑女でしょう。私は、妹の形見を守ってくれたあなたを娘として引き取りたいのです」
エディスは唖然とした。
「まさか、ギルバート様。私を養女に?」
信じられない申し出に驚くエディスに、ギルバートはうなずいた。
「歴史が好きだと聞きましてね。私の既に成人した息子達はその方面にとんと興味が薄くて。話の合う子供がいてくれたら素晴らしいのにと常々思っていました。せっかく親子になるのですからね。一年は婚約期間として、親元に留めさせていただきたい」
一年待てというのはそういう意味だったようだ。
どうですかと尋ねられ、エディス同様に驚いていたラザルスは、それでもなんとか言葉を紡いだ。
「それは……素晴らしい申し出だと思う。エディスはどう?」
否やはなかった。宰相の養女ということになれば、身分差でラザルスに苦労させることもなくなるのだ。
「あの、ふつつか者ですが……」
ギルバートにエディスが頭を下げると、国王が突然笑い出す。
「死んで随分立つのに、子供の結婚の世話までするとは。本当に我が妃は素晴らしい人だ」
そしてラザルスとエディスに宣言した。
「いいだろう。ようやくラザルスが人間と結婚する気になったのだしな。エディス嬢が宰相の養女になることを条件に、二人の結婚を認める」
「ありがとうございます!」
礼を言っている途中で、エディスは横からラザルスに抱きしめられた。
「で、殿下っ!」
国王もこれから父親になる宰相もいる前で抱きしめられ、エディスは焦って抗議する。しかしラザルスは離してくれなかった。
「正式に婚約者になれたんだ。別にこれぐらいかまうことはないよ」
「でもっ」
エディスは国王やギルバートの様子を窺ったが、二人は微笑ましいものを見るように笑みを浮かべているだけだ。
硝子の姫君も、穏やかに自分達を見守ってくれているように見えたのだった。
硝子の姫君 佐槻奏多 @kanata_satuki
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