第12話 

 翌朝、まだ早い時間に来客があった。

 迎えに出たエディスは、その人を見て飛び上がりそうな程驚いた。


「陛下。ようこそお越し下さいました」


 ぎりぎりで暴れ出しそうな心臓をなだめ、エディスは冷静を装って深々と一礼する。


「そなた……」


 声をかけられて思わず視線を上げると、国王は困惑したような表情をしていた。


「私はラザルスから、侍女は全て追い出したと聞いていたのだが」


 国王はエディスの事を普通の侍女だと思ったようだ。なんと答えようかとエディスが口をひらきかけた時、国王の背後から笑い声が聞こえる。


「陛下、あまりに彼女が素晴らしい人なので、殿下も追い出すことが出来なかったのですよ」

「そうなのか」


 言いつくろってくれたのは、ギルバートだった。


「さぁエディス嬢、ラザルス殿下の元へ陛下をご案内して」

「はい、どうぞこちらへ」


 この日も、ラザルスはいつものように硝子の姫君の部屋にいた。

 窓硝子は割れたままだ。

 昨日の今日なので、補修をする者は昼にならないと来ない予定だ。部屋の中もエディスがかたづけようとしたが、手を怪我しては危ないからと止められてしまったため、割れた硝子が散乱したままだった。

 ラザルスは立ち上がって国王を迎えた。


「父上お久しぶりです」

「そなた、怪我などはなかったのか?」


 部屋の中の状態を見て、国王は父親らしくラザルスの心配をした。


「少し硝子で切った程度です。それより申し訳ございません。陛下の大事にしていた像を破損してしまいました」


 言われて国王は硝子の姫君に視線を移す。陽の光の中で、いくつもの亀裂が刻まれた硝子の姫君は、気の毒なほど痛々しく見える。国王もさすがに顔をしかめた。


「この像が、王妃の作らせたものであったことは先ほどギルバートから聞いた。窓から落とされそうになったらしいな。王妃の形見を粉々にせずに済んで良かった。礼をいう、ラザルス」


 怪我をしてまで王妃の像を守った息子に、国王は頭を下げた。

 それほどまでに国王は王妃を、その思い出を大事にしていたのだろうと思い、エディスは守りきれなかったことを悔しく思った。

 そんな国王に、ラザルスは首を横に振る。


「いいえ父上。最初に異変に気づいて死守しようとしてくれたのは、彼女です」


 ラザルスにそう言われ、国王やギルバートの視線がエディスに集まる。


「当然のことをしたまででございます」


 注目されて恥ずかしくなったエディスは、そう言うのがせいいっぱいだった。


「そうか。我が王妃を守ってくれて感謝する」

「もったいないお言葉でございます」


 国王の礼にエディスは頭を下げる。


「そして父上。今ここでお話したいことがあります」


 ラザルスの力のこもった言葉に、思わずエディスは彼を振り向く。


「母上のごとき素晴らしい方は他にこの世にいないと思っておりました。けれどこの件で、母上の像を大切にしていた私や父上の心をこのエディスが守ろうとしてくれたのを見て、私は彼女を生涯の伴侶に相応しい美しい心の持ち主だと思いました。どうぞ、彼女との婚姻をお許し下さい」


 膝をついて深く頭を垂れるラザルスを見て、エディスも急いでそれに習う。

 国王は困惑した声で尋ねた。


「それは確かにそうだが……。彼女はどちらの令嬢だ? 彼女の両親にその話は……」

「いいえ。彼女は貴族の身分ではございません」

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