第11話
「……そういえば」
思い出したエディスは、恥ずかしさに顔が火照ってくる。
確かに大人ぶって少年を叱った記憶がある。着てるものは高価だったが、一人でうろついているのでどこかの貴族の子供だと思っていたのだ。
「申し訳ありません。私も子供で、よもや殿下だったとは知らずに……」
「いいや。私は君のおかげで大切なことを学んだんだ」
包帯を巻き終わったエディスの手を、ラザルスの左手がそっと掴んでくる。
「今日もありがとう。母上の像を守ってくれて」
「でも……ヒビが入ってしまいました」
硝子の姫君は頭部や背中に大きな白いヒビが入って痛々しい。よく見れば、肩や髪もあちこち欠けている。
ラザルスはほんの少し哀しそうにしながらも、開き直ったように言った。
「物が壊れる時は、その役目を終えた時だと聞いたことがある。母上の像に庇護してもらうのも、これが限界だったんだろう。私が嘘をつくことも」
「嘘……ですか?」
「そう。騙していて悪かったね。こんな狂人の振りをする方法しか思いつけなかったんだ。君とずっと一緒にいられるようにするために」
「…………」
耳に届いた言葉が信じられずに、エディスは無言のままラザルスを見つめてしまう。彼は穏やかに微笑んでエディスを見つめ返してきた。
「私はどうにかして君を側に置けないかと考えていたんだ。そのうちに私と君の身分差から、周囲の者から平民に近づくなと諫められて……一度は諦めかけたんだ。けれど五年が過ぎて、子供から大人になっていく君を見て、やっぱり諦めきれないと思ったんだ。その方法を探そうと思ったけど、そのうちに君は嫁いでもおかしくない年になってしまっていた。早く自分の側に引き取りたいと焦ったんだ」
ラザルスに握られたエディスの手が震える。
それに気付いた彼が、さらに右手を重ねて包み込む。
「なにより君が、私のことを好きになってくれるかどうかわからなかった。なにせ、私は情けないところを見られてしまっているからね。だから母上の像に協力してもらったんだ。君が必ず来る時間を狙って陛下を呼び出し、悟られないように君を私の側に連れてくることができた。あとは、陛下が根負けして私を辺境にでも放逐してくれたなら、母上の像を隠れ蓑にして、君と一緒に暮らしていける」
「わた……わたしのために?」
そのためだけにこんな芝居を打ったのか。そう尋ねると、ラザルスはうなずいた。
エディスの胸に、怖れと、喜びが溢れてせめぎ合う。国王や他の皆を騙してまで自分を求めてくれたことが嬉しくて、自分にそうまでしてもらえる価値があるのかと恐くなった。
けれど心に渦巻いた思いは、やがて甘い感動に押し流された。
「でもそんな嘘も今日でやめにしよう。今度は正面から父上に許しを請うつもりだ」
「え……そんな、無茶です」
エディスは目を丸くする。
平民の女と結婚したいなんて、一笑に伏されるか狂気じみていると思われてしまう。
しかしラザルスは決意を翻す気はないようだった。
「必ず私の決意は貫いてみせる。周囲の者も地道に説得していくことになるだろう。それにエディス、君にも沢山苦労をかけるかもしれない。それでもずっと私の側にいてほしいんだ」
まっすぐな言葉に、エディスは心打たれた。
ずっと憧れだった王子が、自分と一緒にいてほしいと言ってくれている。そのためになら、苦労をしたって構わないと思えた。
そうしてエディスがうなずくと、ラザルスは雲間から姿を現した太陽のように笑った。
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