第8話 

 ギルバートは説得を諦めたようだったが、国王はそうではなかったようだ。

 今度は令嬢達が複数でやってくるようになった。

 彼女達を接遇するのでてんてこ舞いになっていたエディスだったが、彼女自身にまで令嬢達の攻撃は向けられた。


「ちょっと、あなた」


 その日やってきた令嬢達三人の中に、あのレナディスもいた。


「殿下の好みなども知っているのでしょう? 教えなさいよ」

「好みでございますか。確かお菓子はイリジール公国のスクラールが……」

「違うわよトロい子ね。女の好みに決まってるじゃない」


 レナディスは鼻で笑う。


「好みは多分、あの硝子の姫君だと思いますが」


 一日一度「愛している」と囁かれる相手は、あの硝子の像だけだ。


「生身の女の好みよ。探り出して来なさいよ」


 そういってレナディスがエディスの手を引っ張る。

 何をされるのかと身を固くしたエディスだったが、手に金属らしきものを握らされただけだった。それは金細工に大きな緑樹石をはめ込んだ指輪だった。


「これは?」

「この程度の事もわからないの?」


 レナディスがあざけるように言うと、背後にいる他の令嬢やその侍女達がくすくすと笑い出す。

 とても嫌な笑い方だ、とエディスは思った。


「仕方ないから親切に教えてあげるわ。それを報酬にあげるから、殿下から本当の女性の好みを聞き出して欲しいのよ」

「どうして、そんな……」


「殿下に気に入られるためよ。国王陛下からのお墨付きで誘惑しても良いことになってるんですもの」

「え、誘惑?」

「王子がお人形に懸想してると知れ渡ったら大変でしょう。だから陛下は、早く殿下の目を覚まさせるためなら何をしても良いとおっしゃってたわ」


 彼女達がラザルスに気に入られたいのは察していた。が、それがよもや誘惑という段階まで進んでいるとは思わなかったエディスは、呆然とする。

 しかし次の言葉に目が覚めた。


「あなた元々掃除係の召使いなんですって? なら、これぐらいのお駄賃を貰ったら充分でしょう? むしろ平民らしく這いつくばって感謝してほしいぐらいよ」


 彼女達はエディスを掃除係だと知っていた。どんなに努力してそれらしく見せられるようになっても、やはり自分は平民で、掃除ぐらいしかできないような取るに足らない人間だと思われていたのだ。

 胃の底が冷えるような感覚とともに、哀しくてやりきれない気持ちが湧いてくる。

 目頭が熱くなる。でも泣くのは嫌だった。

 ぐっと頬に力を入れ、エディスは握らされた指輪を突き返した。


「私は硝子の姫君に仕えております。主人の不利になるような事はできません」

「なっ……」


 二の句が継げない様子のレナディスに、無理矢理指輪を握らせた。


「それにこのような取引は、真の淑女であればなさってはいけない事です。どうぞお考え直し下さいますよう」

「平民風情が、私に説教しようっていうの!?」


 怒りで顔を赤くしたレナディスが手を振り上げる。

 その動作はそれほど俊敏ではなかったから、逃げようと思えばできただろう。けれど避けたら平民にバカにされたとレナディスは更に激昂するに違いない。そう思ったエディスは、甘んじて受けようとその場で目を閉じた。

 しかしレナディスの手は、エディスに当たらなかった。


「私の侍女に何をしているのかな?」


 目を開くと、レナディスの背後に立って彼女の手首を握っているラザルスの姿が見えた。


「……殿下」


 ラザルスは厳しい表情でレナディスを見下ろしていた。


「この離れに勤める者は、全て私の所有物だ。勝手に危害を加える事は許さない」

「あ、殿下、その……でもこれは」


 真っ青になって震えながら言い訳しようとしたレナディスに、彼は冷たく言い渡した。


「今後、この離れには来ないでいただこう。国王陛下にもそのように伝えておく」


 そこの二人もだ、と言われてレナディス以外の令嬢達も震え上がった。

 彼女らはラザルスが呼んだ従僕に追い出された。

 その時レナディスが一瞬振り返って、射殺しそうな目で睨んできた事に、エディスは恐怖を感じた。

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