第7話
「はい。それは一応」
「そもそもこの像は、亡き王妃様が造らせたものなのです」
これはさすがにラザルスも知らなかったようだ。珍しく一瞬言葉が継げず、ややあってから困惑するような表情になる。
「そこまでは知りませんでした。母上を亡くされて失意の陛下に、よく似た顔立ちと姿の像を贈られたのだとだけ、聞いていました」
「それはすべて王妃様のご指示によるものでした。王妃様が自分の病に気付いたのが、死の一年前でした」
ギルバートはとつとつと像について語る。
「陛下は深く王妃様を愛されていた。そんな陛下を自分が亡き後も悲しませないよう、そしてまだ幼かった殿下方に母親の顔を覚えておいてほしくて、王妃様は自分の像を造らせたのです」
「そんなことが……」
ラザルスも意外な事実に、神妙な顔で姫君の像を見る。
確か、国王は王妃によく似ていると言ってこの像を大切にしていたと言っていた。それならば王妃の願い通り、この像は彼女の代わりとして王やラザルスを慰めてきたのだ。
「ですから殿下がこの像と結婚すると言い出したと聞いて、私は別な方向で驚きましたよ」
「……母上と結婚するとだだをこねる、幼子のようだと思いましたか?」
拗ねた様子のラザルスは、エディスの目からも少し幼く見えた。
「そうですね。その後ですぐ思い直しました。あなたは愚かな人ではない。本気で硝子の像を妻にするつもりはないのだろうと考えました」
そう言ってギルバートは席を立った。
「今日はあなたを説得するのは止めに致しましょう。あなたが母上の身代わりを大事にしてくださったそのお気持ちに免じて。何かなさりたいことがあるなら、私が相談に乗りますよ」
では、と王子に対する礼をして、ギルバートは部屋を去った。彼を見送るため、エディスも彼の後ろに従って退出する。
「そういえばエディス嬢。あなたは元々王宮仕えの方なんですよね?」
叔父としてラザルスの周囲にいる人間のことを把握しておきたいのだろうとエディスは思い、素直に答える。
「王宮で下働きをしておりました」
「下働きを?」
振り返ったギルバートは、眉を跳ね上げた。
「その通りでございます」
下働きといえば、普段は貴族や王族の前に出られないような平民ばかりだ。さすがに働くに当たっては紹介が必要なので、身元は皆しっかりしているが。
「いくつの頃から王宮へ?」
「十一の頃だったと思います。両親を流行病で亡くして……父のご友人の紹介で職をいただくことができました」
「では礼儀作法などはどこで?」
尋ねられ、エディスは慌てた。
「あ……申し訳ありません。何かご無礼などありましたでしょうか。この離れに移ってから殿下に教えて頂いたり、他の方のやり方を真似ただけなのです」
謝るエディスにギルバートは「いやいやそうじゃないよ」と笑ってくれる。
「そんな短期間で身につけたとは思えないほどだよ。君は頭が良いんだな。ところで歴史なんかには興味があるかい? 私は歴史を研究するのが好きでね。それが高じて陛下に仕えるようになったのだよ」
「歴史……ですか」
エディスはふっと何かを思い出しそうになる。
女子の、それも平民には学など必要ないという風潮があるため、エディスは今の王様の名前以外はほとんど知らない。
けれどいつだったか。誰かが今の王様がどうして王様でいられるのかを話してくれた記憶がうっすらとある。数代前の国王のご先祖の偉業の話など、エディスは楽しく聞いたのだ。
「そうですね、いろんなことを知るのは面白いと思います」
エディスの答えを聞いたギルバートは、満足そうに微笑んだ。きっと彼の気に入る返事をすることができたのだろう。
そしてギルバートは立ち去る間際、淑女にするようにエディスの右手を持ち上げて一礼してみせた。
「妹を、大事に思ってくれてありがとう。エディス嬢」
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