第6話 

 それからというもの、ラザルスは「硝子の姫君の代わりに」と言って、様々なものをエディスに食べさせた。

 軟禁とはいえ、彼は王様に質素にするよう要求されているわけではないので、従僕に指示してありとあらゆるものを運ばせたのだ。


「これはイリジール公国から取り寄せたスクラール」


 焦げ茶色のクリームを固めたような菓子は、口に入れると甘くとろけながら消えていく。


「南から送られてきた、珍しい魚だよ」


 そう言って夕食に同席させられたこともあった。

 さらにラザルスは一からナイフやフォークの使い方を指導してくれる。エディスも大小様々な食器の使い方を必死に覚えた。完璧に覚えるとラザルスは喜んでくれるのだ。その笑顔が見たかった。

 更にラザルスは様々なものを着せようとした。


「貴婦人に付き添う侍女はね、貴婦人の恥にならないように着飾る必要もあるんだよ。我が婚約者殿にも着せてあげたいけれど彼女が着替えるのは難しいし、このままの姿が一番綺麗だからね。代わりに、彼女の侍女である君が、側で華やかにしていてほしいんだ」


 そう言って切なげに姫君の手に触れるラザルスを見ると、嫌とは言えなかった。

 またエディス自身も、立派な侍女になるべく暇を見つけては王宮へ行った。貴婦人達の侍女の様子や女官の立ち居振る舞いを観察して学んでは実践を繰り返す。

 そうして青の月が終わる頃には、ソフィから「あんた最近どこかのお嬢様みたいになったね」と言われるまでになれた。


 そんな折だった。

 国王の許可を貰ったと言って、珍しく男性がやってきた。

 西日で赤く染まった景色を背にした老齢の彼は、まるで炎の海の中にいるようだった。

 幻想的な風景にも負けない威厳を持つ彼は、高い地位にいる人だろうとエディスは察する。


「ようこそおいで下さいました。お名前をお伺いしても宜しいでしょうか」


 見よう見まねで覚えた礼をするエディスに、男性は困惑した表情になる。


「君は王宮から手伝いに来ているのかね?」

「はい?」


 何と答えて良いのかエディスは戸惑う。

 王宮の掃除係から、王命で離れに配置換えになったのだ。ラザルスの去就によっては元の掃除係に戻される可能性もある。となれば「手伝いに来ている」というのと同じだ。


 そしてふと気付く。

 そうだった。この幸せな生活も期限があるのだ。もし国王から硝子の姫君と暮らすことを許されたとしても、エディスはそこへ一緒に連れて行ってもらえるとは限らない。

 胸に溢れてくる不安をこらえながら、エディスは答えた。


「左様でございます。どうぞこちらへ」


 エディスはギルバートと名乗った男性を、ラザルスの元へ案内した。


「ようこそおいで下さった叔父上」


 今までに何度か来た令嬢達と違い、ラザルスは心からの笑顔でギルバートを迎えているように見える。お茶もきちんとしたものを頼まれたので、間違いない。きっとラザルスの親しい人なのだろう。


 あの青い茶に、赤い小花の器を添えてテーブルの上に出すと、ギルバートは穏やかに微笑んでくれる。

 一口飲んだギルバートは、嬉しそうに目を細めてラザルスに言う。


「陛下から、殿下は侍女達を全て追い返してしまったと聞いていましたが……なるほど、この素晴らしい人がいるのなら、謹慎中で一人住まいの貴方には充分のようですね。ところで、どちらのご令嬢かお伺いしてもよろしいかな?」


 最後の言葉は隅へ移動しようとしたエディスにかけられたものだった。

 けれど素直に「実は掃除係だったんです」とは言いにくい。そんな人間を侍女代わりに使っているとわかったら、ラザルスや硝子の姫君が笑いものになる。

 困っていると、ラザルスがギルバートに話してくれた。


「彼女には無理を言って侍女の役割をしてもらっているんですよ。ね、エディス」

「そんな、もったいないお言葉です」


 エディスは恐縮して一礼する。


「え? ではどこかの令嬢ではないと?」


 驚いて目を見開くギルバート。


「私にとってはそれよりも、この婚約者である硝子の姫君を大切にしてくれるかどうかが重要でしたので」


 言われて、少し離れた窓辺に佇む硝子の姫君にギルバートも視線を向ける。

 窓から柔らかに侵入してくる夕暮れの光で、硝子の姫君は薄赤く染まっている。そんな姫君を見るギルバートのまなざしは「こんな人形に」と侮っているわけでもなく、ただ感傷がにじみ出ているように思えた。


「本当のところ、私がここを訪れたのは殿下に硝子の像との結婚を思いとどまって頂くよう陛下に頼まれたからなのです」

「ええ。承知しているつもりです」


 ラザルスは穏やかに受け答える。


「けれど殿下がこの像を大切に思って下さって、私は……実は嬉しいのです。これを寄贈したのが私だというのを殿下はご存じですか?」

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