第5話 

「そ、それにしましても殿下。本当にこの……硝子の姫君とご結婚を?」


 別な話題を探してか、レナディスは彼に硝子の像について尋ねた。


「こう申してはなんですが、やはり殿下の妻となりますと、衣服を整えることから屋敷の采配までなさる必要がありますわ。でも、この姫君には難しいのではないでしょうか。宴に出る時のパートナーを勤めるのも難しいでしょうし」

「ああ、それでいいんだよ。彼女はただそこに在ればいい。その美しさを眺めて過ごせるのなら宴に出なくとも良いし、屋敷の用など私がすればいいことだ」

「いえ、でもそれでは役に立たない人形と戯れていると、殿下の外聞が……」


 戸惑うレナディスに、ラザルスは目を細める。

 笑顔ではあるけれど、眼光がするどく彼女を突き刺しているのがエディスにもわかった。察したらしいレナディスも言葉を飲み込んでいる。


「外聞を気にするなら、初めから彼女を妻になど望まないよ? あと……彼女を侮辱するのはやめてもらいたい」


 きっぱりと断られたレナディスは、ひどく衝撃を受けた様子だった。



 レナディスが帰った後、ラザルスは改めて別な茶をエディスに頼んできた。

 二つ返事で受けたものの、このお茶を用意するのはなかなか難しい仕事だった。

 ただの召使いだったエディスが一度も見たことのない茶葉だったのだ。青白い茎みたいなのが鞠の形に束ねられていて、それとは別に、赤い乾燥した小花が入った硝子の器が盆の上に用意されている。

 ポットはお湯の入ったものだけ。ではこの中に豪快に葉を投げ込めばいいのだろうか。赤い花も問題だ。こちらも一緒にいれていいのか、それとも飾りなのか。

 悩みながら葉を指先で摘もうとしたそこに、背後から声が掛かる。


「ああ、私がやろう」


 エディスより早くのばされたのは、緑石のカフスボタンのついた袖と大きな手だ。


「でっ、殿下っ!?」


 驚いて振り返れば、かなりの至近にラザルスがいた。エディスの頭がラザルスの顎にあたりそうなほどだ。


「あまりやらせてもらえないんだけどね、私もお茶を淹れるくらいはできるんだよ」


 ラザルスは楽しそうに茶葉を摘み、二つあるカップの中に一つずつ入れてしまう。

 そうして湯を入れると青い茎がゆるゆるとほどけて、花弁のように広がりながら湯を青く染めていく。


「綺麗……」


 青いお茶があるとは聞いた事があったが、しがない掃除係のエディスは今まで見たことがなかった。

 素直に感動していると、ラザルスはそこへ赤い花をひと匙散らした。すると花が触れたところから、湯が今度は綺麗なピンク色に変る。


 声もないエディスに「さぁこっちへ」とラザルスが言い、彼はカップを二つ運んでいってしまった。

 そして姫君の前ではなく、先ほどまでレナディスが居た席に一方のカップを置き、手招きしてくる。


「早くおいで、一緒に飲もう」

「えっ? でも、そんな」


 平民のエディスが王子と同席するなど、誰かに見られたら何を言われることか。


「お、畏れ多すぎます! どどど、どうかご容赦下さいませ」


 わたわたと意味もなく手を振って必死に断ると、ラザルスは楽しそうに笑う。


「でも君のために淹れたんだ。だから飲んでいるところをちゃんと見ておきたいんだが」

「みっ、ご覧になってしまわれるんですかっ!?」


 こんな所作も完璧な人の前で、平民育ち丸出しの飲み方なんてできるわけがない。

 ラザルスは、緊張するエディスをさらに説得してくる。


「ほら座って。飲んでみてごらん? そしてお茶を口にできない婚約者殿に、どんな味がしたか話して上げてくれると嬉しいな」

「あの、それでしたら先程のご令嬢の方が……。私よりいろいろなお茶を口にされていますし、的確に言い表せるのではと」


 ささやかな最後の抵抗は、ラザルスにあっさりと突き崩された。


「彼女だって自分の悪口を言う相手から、教えて欲しいと思わないよきっと」


 言われて、エディスも確かにそうだろうと思う。同時に硝子の姫君をあくまで人として扱い彼女を尊重する姿勢に、ラザルスの愛情を感じた。


(本当に、愛していらっしゃるのね……)


 ソフィなどは「母親と似た像に惚れるなんて、気の病じゃないのかい? 気味が悪い」と言うが、エディスはどうしてもそんな風に思えなかった。


「だから彼女を大切にしてくれる君が、我が婚約者に伝えてほしいんだ」


 説得に応じたエディスは言われた通りに席に着き、ラザルスの淹れてくれた茶に口を付けた。

 酸味がありながらもほのかに甘い、果実に似た味がした。

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