第4話
レナディス嬢は道を開けた兵士を睨みつけて、エディスの後ろに従った。
エディスは苛立ったレナディスを早く案内しなくてはと急ぎすぎ、置き去りにしかけて彼女の侍女に声を掛けられて慌てて立ち止まる。
当然レナディスは激昂した。
「私を侮辱するようなことをして、殿下からきっとお叱り頂きますからねっ」
真正面から怒りを叩きつけられ、でも今のことはエディスも不注意だったので、何も言えなかった。小さな声で「失礼いたしました」と謝り、エディスはラザルスのいる部屋へ彼女を招じ入れた。
扉が開いたとたん、レナディスは先ほどまでの悪魔のごとき形相をひっこめた。それどころか、内気な少女が恥ずかしがっているかのような様子で一礼してみせる。
「お久しゅうございます殿下。ご謹慎と伺いましたがご壮健な様子でなによりでございます。本日は侘びしい日々を送られている殿下をお慰めするよう、国王陛下から言いつかり……」
「私はそんなに寂しそうに見えるかい?」
言葉を途中で遮られ、レナディスは困惑した表情にかわる。
「ご友人方の訪問も禁止されていらっしゃるとうかがいました。ご退屈など……」
「別にしていないんだけどね? まぁ、せっかく来たのだしお茶を一緒にどうかな」
「あ、はい、ではお言葉に甘えまして」
ラザルスの素っ気ない対応には、エディスも驚いた。
レナディスもこんな応対をされるとは思わなかったのだろう。混乱しきった表情で、ラザルスの座っているティーテーブルに近寄った。
まるで席についているかのような位置に置かれている硝子の姫君を不快げにチラリと横目で見ながら。
一方エディスは、ラザルスに指先で手招きされた。そして耳打ちされる。
「申し訳ないんだけどディネラ茶を」
「か……しこまりました」
ディネラ茶は、市民にも広く飲まれているわりと『低級』な茶だ。
当然ラザルス用に置いていた茶葉の中には無く、仕方なくエディスやソフィが休憩中に飲むため置いていた茶葉をお湯と共に部屋へ運んだ。
なるべく湯の中で葉を揺らさないよう注意してそっと器に注いだのだが、やはり苦みが出てしまったようだ。
レナディスはラザルスの前であることも一瞬忘れ、眉間に皺を寄せて渋い表情になった。
「あの……殿下。少しお飲みになるのをお待ちになって下さいませ」
「どうして?」
「侍女が殿下にお入れする茶葉を間違えたのではないかと思うのです」
そして笑顔でいながらも、少しも笑っていない目でエディスを脅しつけながら、表面上は穏やかに言った。
「ねぇ、そこの方。これはディネラ茶だと思うのよ。もしかして近くにあった別な茶と中身を間違えたのかもしれないわ。私の侍女がついていきますから、一度確認を……」
「その必要はないよ」
「えっ!? あっ!」
ラザルスはあっけらかんとした様子でカップの中の茶を飲み、にこやかに言った。
「私がディネラ茶を頼んだのだよ」
「え? ……ええと、殿下、もしかして侍女をお庇いに? なんてお優しい」
「おや、陛下から私の謹慎理由はお聞いているだろう? この道ならぬ恋を貫き続ければ、ますます陛下を怒らせることは確実だ。事によればとても高級な茶を飲めるような生活はできなくなる。今から慣れておこうと思って、茶は全てこれを出すよう頼んでいるんだよ」
彼は楽しそうに、苦いはずの茶を飲み込む。
「けれど私の意地に他人を巻き込むのは気が引けるからね。それで面会は断るよう兵士に申しつけていたんだ。レナディス嬢、あなたもこの茶がお気に召さないのなら……」
「い、いえっ。私も久しぶりに少し苦いものが欲しかったんですの! お、おほほほ」
気に入らないとは言っていない。
そう必死にとりつくろい、レナディスは眉をひくひくさせながら再びカップに口をつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます