第3話 

 こうして、エディスは硝子の姫君の世話をすることになった。


 憧れの王子の側近くにいられるという幸運をくれた姫君に、エディスは甲斐甲斐しく仕えようとした。

 とはいえ彼女は着替えをしない。食事もいらない。洗濯するものもない。

 せいぜい毎日二度ほどその体から埃を払って、花を飾ることしかすることがなかった。


 しかしエディスはそれほど暇でもなかった。

 ラザルスは自分の侍女を、移り住んだ北の離れの建物から追い出してしまっていたのだ。不自由な生活を送ってでも硝子の姫君と共に居続ける姿を見せたなら、国王も折れてくれると考えたらしい。


 その上他の召使い達は、硝子の像と結婚すると言い出した王子が発狂したのではないかと警戒し、近づきたがらなかった。そのため、硝子の姫君の侍女になったエディスがラザルスの侍女のようなことまでしている。


 花を姫君に飾り終わったエディスは、ラザルスのためにお茶の用意をしようとした。

 階下の台所へ行く途中で、この離れに残ってくれている召使いのソフィが廊下に出ていた。エディスの母親ほどの年齢のソフィは、ゆさゆさとふくよかな体をゆすって走ってきた。


「ちょっとエディス、どうにかしておくれよ!」


 え? と聞く間もなくエディスはソフィに手を掴まれた。

 そのまま連れて行かれたのは離れのエントランスだ。

 エントランスの大扉は半開きになり、困惑しながらも相手を通さないように立ちはだかっている衛兵二人がいる。扉の向こうには、金切り声を上げて兵士を威嚇する、青いドレス姿の令嬢とそのお付きらしい女がいた。


「殿下からは何人もお通ししてはならぬと命じられております」

「私は国王陛下に許可をもらっていると言ってるでしょう! 優先するべきはどちら!? そもそもあなたがたのような貴族でもない者が、私の進行を妨げるとは何事です! 私はヴィエン侯爵家の者でしてよ!」

「しかし殿下はたとえ陛下の命令でも、どなたも通さないようにと……」


 両者の言葉を聞いて、エディスはおおよその状況を察した。

 ラザルスは訪問客を全て断るようにと兵士に命じていたのだ。けれど令嬢の方は国王に許可をもらっているので、断られるとは思わなかったようだ。

 しかも彼女は、身分違いの兵士に自分の行動を制止されるのが我慢ならないらしい。

 兵士は言われた通りの職務を果たしているだけなのだが、貴族の令嬢相手に強硬な手段に出るわけにもいかず、何ともかわいそうだ。


「殿下の従僕は別な用で出払っちまってるんだよ。あんた代わりに殿下にどうしたらいいか聞いておいでよ」


 ソフィにも促されエディスはうなずいた。


「わかりました」


 エディスは素直にラザルスの元へ戻った。そこでお茶のことを思い出し、入室して最初にそれを詫びてから状況を伝えた。


「ヴィエン侯爵令嬢……レナディスか」


 ラザルスはやや渋い表情になったものの、通しても良いと答えてくれた。

 ほっとして玄関へ駆け戻ったエディスは、なるべく品良く映るように姿勢を正し、苛々と腕を組んで言い争いを続けていた令嬢に告げた。


「王子殿下がお会いになられるそうです。どうぞご案内致します」

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