第2話 

 さすがのエディスも目を丸くする。

 それでは国王が怒るのも無理はないと思った。と同時に、心が箒の柄をぐいと押しつけたように鈍く痛む。

 エディスも彼に憧れる人間の一人だ。だから相手が硝子の人形とはいえ、ラザルスに思い人がいると知って心が痛んだ。


「何か問題でも?」

「問題があるに決まっているだろう! どうやってその像と結婚するつもりだ!」


 叫び過ぎた国王は、ぜいぜいと息継ぎをしている。対照的にラザルスは顔色ひとつ変えずに淡々と返事をした。


「まぁ、世間に認められた結婚は無理ですね。司教様もさすがに挙式は執り行って下さらないでしょう。仕方ないので、独身という建前で彼女と共に暮らすことに……」

「それでは子が!」

「兄上がいらっしゃいますし。私に子がなかったとしても問題ないでしょう。それに父上は常々おっしゃられていたはず」


 ラザルスは一言ずつ区切るように言った。


「母上のような女性を娶れ、と。この硝子の姫君は、常々父上が亡き母上に似ていると大切にしてきたものです」


 そして彼は抱き込むように乙女の像に腕を回す。


「父上が今までお勧め下さったご令嬢達はあまりに母上のお姿とは遠く、父上の薫陶を心に刻んできた私は違和感をおぼえるばかりでした。が、彼女とならば間違いなく父上のお気持ちに沿い、かつ私も安心できる相手です」


 国王は、今や痙攣するように前身が震えていた。


「お、お……お前という奴はっ! 硝子の像を王妃と似てると形容するのはたとえというものだろう! 結婚は人間としろ!」

「しかし母上と似た方が一向に見つからず……」

「まだ言うかっ、北の離れで謹慎だっ! その沸いた頭を冷やしておけ!」


 全力疾走したかのように荒く息をついた国王は、踵を返して回廊から立ち去ろうとした。


「ではその謹慎場所には彼女を連れて行っても?」


 国王は一度足を止めかけたが、黙したまま歩きだす。


「彼女を一日に一度でも眺められないのなら、私は食を断ってしまうかもしれません。けれど、それもいいかもしれませんね。天上におわす母上にお会いできるかもしれない。そして父上の心ない仕打ちを語るとしましょう。きっと母上は、私の純粋な気持ちを推し量って下さり、ともに涙して下さるはず……」


 とうとう国王は振り返った。


「勝手にしろ!」

「そうそう、彼女の世話係に誰か侍女をつけてほしいのですが」

「そこの掃除女にでもしておけ! 人形にはそれで充分だ!」


 今度こそ国王は、靴音も高くその場を立ち去った。

 エディスは今の言葉を反芻しつつ、国王の背中をぼんやりと見送る。


「乙女の像の……世話係。そこの、掃除女?」


 他に誰かいただろうか。そう思って辺りを見回したが、この回廊に掃除にきているのはエディスだけだ。それを証明するかのように、笑顔のラザルスがエディスに近づいてくる。

 目の前に立った彼は、エディスに手を差し出してきた。


「このようなわけだから、今日から君に彼女の世話をお願いしたい。よろしく頼む」


 そういわれて、さらに手を少し動かされて、エディスは彼が自分との握手を望んでいるのだとようやく気付いた。

 憧れの人との握手だ。

 普段側に近寄ることすらできない人と、触れ合える。なんという幸運だろう。興奮で頭が真っ白になりかけながら、エディスはスカートでさっと右手を拭って、ラザルスの手にそっと触れた。


「せ、精一杯お仕えさせて頂きます」

「ありがとう」


 ラザルスは、しっかりとエディスの手を握ってくれた。

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