君も鍛えよう!真幌ホロホロダンシング!

鳥路

健康診断の結果は

健康診断は、しっかり受けましょう

身体に異常がないか、仕える主を持つ身としては当然の確認だ

数多の令嬢が通う法霖学院では、学期ごとに健康診断の受診を使用人は義務付けられている

これは、二学期最初の健康診断を受けた直後の話だ


「・・・」

「どうしたんだ、砂雪さゆき

「砂雪さんがそこまで青ざめているところ、僕はじめて見ました・・・」


「た」

「「た?」」

「た、体重が増えてる・・・」


同じく健康診断を受けて、結果を受け取った同じクラスに仕える主人を持つ鉢田環はちだたまき海原うなばらいろはは、それを聞いて小さく笑う


「そりゃあ、お前・・・食生活がまともになったからだろ。ここではもうバッタ食べずに済むんだから」

「砂雪さんは、今までが痩せすぎなんですよ。今は沢山お食べになって、逆に平均になっているぐらいだと思いますよ?」


それだけならいいのだ

確かに俺は今まで極貧生活を送っていた。バッタももしゃもしゃ「おやつ」として齧るほど

バイトで蓄えは少なからずあったけれど、ギャンブル大好きクソニートの両親はすぐに溶かしてくるし・・・

妹の雅日の学校生活や、普段の生活に必要なものは決して安くはない

節約しても・・・俺の稼ぎではすぐに消えていく

・・・食事を抜いたりする日は少なからず、だった


そんな食べない上で、めちゃくちゃ働く俺は・・・十六歳の男としては、平均を下回る体重しかなかった


「実のところ、帰ってきた記録簿の数値はいろはが言う通り「平均値」だったりする」

「それはよかった。けれど、砂雪さん的には不満なんですよね?」

「ああ。問題は・・・腹囲なんだ」


見せつけるように服をまくる


「これは・・・ぽよぽよだな」

「これまたご立派な・・・」

「食べ始めたせいか、お腹がかなりみっともないことになっていてな・・・」

「鍛えろよ」

「それは運動をするしか無いと思います。僕もお手伝いしますので!やりましょう!」

「ああ。でもどうしたら・・・」


ふと、頭の中にある人物が浮かび上がる

いつもナチュラルに筋肉を主張してくるインテリ風を装った男

頭の中まで筋肉色に染め上がっている「あいつ」なら・・・効率よく腹部をまともにする運動も知っているのではないか!


「・・・環、今日は鳥組の面々も来ていたよな」

「ああ。あ、そうか、氷堂なら」

「どちら様ですか?」

「いろはは・・・春小路文芽はるこみちあやめ様を覚えているか」

「ああ、中世風の縦ドリルをお顔の両サイドに引っさげているあの御方ですね!」


そういう認識なのか・・・まあ、間違っていないけど

子供だから許されそうだが、本人の前では絶対に言うなよ、いろは

あれ、彼女のアイデンティティなんだから


「彼女の使用人をやっている氷堂真幌ひょうどうまほろは、インテリ風筋肉でな」

「なんですか、それ?」

「なんというか、仕事も大事だけど、それと同じぐらい自分の筋肉を磨き上げることを大事にしている男なんだ。あいつなら、いいトレーニングとか知っていそうなんだよ」


「なるほどなるほど。もしかしてあの方ですか?」

「ホロホロムキッ!ホロホロムキッ!」

「・・・ああそうだ。今日も無意味に筋肉を主張してくれていてありがたい」


ありがたいのは、見つけやすいとかそういう意味で・・・だ

正直、あれを近くにいる時にされたら友達だけど、他人のフリをしておきたい

氷堂真幌は俗にいう「細マッチョ」

いつもは燕尾服の中に隠しているが、脱げば凄い

腹は六つに割れているし、大胸筋は勝手に主張をするように動き出す

腕だって、なぜその細い燕尾服に収納されているのか聞きたいレベル

選びぬかれた丸太のように太く、しなやかなのだ


しかし彼は人生のすべてを、己の身体を磨き上げることと、自分を拾ってくれた文芽様に捧げている

使用人としての素養はあるが・・・この中でも使用人歴が長い環から言わせれば「最悪」な部類らしい

そのせいか、はたまた別の理由か

環と真幌はよく揉めている印象があるな


「またおかしな使用人が登場しましたね。まともな人、いないんですか?」

「やめろいろは。俺たち含めて全員まともじゃないんだ。自分も傷つくぞ」


突貫雇用使用人な俺、毎日五十キロ前後の荷物を抱えてピンピンしている環に女装少年ないろは。変わっているどころじゃない。かなり変わっている・・・が、ついてくるだろう

その中でも、郡を抜いているのが真幌

それに並ぶのが俺の師匠をやってくれている紫乃さんだ

二人は、同じクラスに自分が仕える主人がいるという共通点もある

できれば、一緒に行動を・・・


「つんつん」

「・・・」

「つーく、つくつく。つくつくほーし」

「・・・頬を突かないでもらえますか、師匠」

「弟子の分際で師匠に物申すとはいい身分ですね、弟子」

「物申すのは当然の権利だと思うんですけど」


噂をしたらなんとやら

最近は盗聴器とか私物に仕込まれているんじゃないかと不安になるほど、丁度いいタイミングで彼女・・・冷泉紫乃れいせんしのは現れた


「ところで弟子。今私を呼びました?」

「呼んでいませんよ。てかなんでここにいるんですか。女性も同時タイミングで健康診断を受けているとは聞いていますが、ここ男性使用人の会場ですよ。女性はあっちです」

「もう終わった。遊びに来た。だから遊ぼう」

「何考えて・・・」


そのまま俺は、師匠に手を引かれてどこかへ連れて行かれる

その道中で、師匠はある人物に声をかけた


「氷堂、行きますよ!」

「む?紫乃パイ。何かあったんすか?」

「多分ですね、由々しき事態というやつです。協力しなさい」

「多分?まああんたの予想は当たるから聞くけどさ。で、報酬は?流石にタダ働きはちょっと・・・」

「貴方がいつもお取り寄せしている高級プロテインを・・・うちのお嬢様のツケで注文してやります」

「それはマズイだろ師匠!」


「おーけ。何をする?」

「真幌もプロテインに釣られるな!ちょ、なぜ持ち上げる!?」

「・・・砂雪、生きて帰ってこいよ」

「見捨てるんですか環さん!?」

「・・・あの二人の組み合わせだけは避けたほうがいい。常識が死ぬ」


ついてこようとしたいろはは、環が止めてくれたらしい

よかった。これで犠牲者は俺一人で済みそうだ・・・

二人に担がれるように外へ運ばれていく

行き先はまだ、わからない


・・


だだっ広い草原エリアに連れてこられた俺は、二人からジャージに着替えさせられる

もちろん、なぜか師匠と真幌もジャージ着用だ

悩みを言ってみよ、と言われたので「最近腹が出てきた」と相談をすると・・・


「みせてみろ」

「みたいみたい」


と、服を引っ剥がしてきた

俺のぽよぽよお腹は二人の前に登場し、二人を絶句させる


「なぜこんなことに・・・」

「・・・本当に由々しき事態だった」

「真幌なら、いいアドバイスをくれると思って・・・ちょうどよかったんだが、まさか師匠にまで見られるとは」

「うん。普通に聞かれたら運動の協力ぐらいしかしなかったが・・・今回は紫乃パイの報酬が付いてるからな。俺秘伝の真幌ホロホロ体操を伝授してやろう」

「「真幌ホロホロ体操・・・?」」

「ああ。これを毎日ワンセット踊りきり、健康的な生活をしていたらあら不思議。一年後にはもやしもマッスルになれる、俺考案のアルティメットハイパーミラクルスーパーファンタスティックグレートな体操だ」


あるちめっとはい・・・なんだって?

普段の真幌はゆったりとした感じの口調なのだが、なぜかこの体操のことを語る彼は饒舌で早口

どんな体操なのか話してくれた気がしたのだが、全然聞き取ることができなかった


「聞き取れませんでした」

「俺もです」

「しかし、脳が受け入れることを拒絶する程度には、頭が悪そうに聞こえました。私の気のせいでしょうかね?」

「奇遇ですね。俺も何を言っているか全然聞き取れなかったんですけど、そんな感覚です」

「今日は俺の動きを真似て踊ってみてくれ!」

「そうですか。頑張るんですよ、弟子。私は帰ります」

「何いってんですか師匠。師匠も引きこもり生活長いでしょう?一緒に健康になりましょうや」

「こ、こいつ・・・」


帰りそうになっていた師匠を引き止めて、二人で真幌ホロホロ体操とやらに挑んでみる


「歌うと覚えやすいと思う」

「歌まであるのか」

「ああ。じゃあ始めるぞ。真幌ホロホロダンシング!」

「ま、真幌ほろほろダンシング・・・」

「・・・ダンシング」


大きく腕を上げて、パタパタはばたけ!わんつーすりっ!わんつーすりっ!

身体をねじって、ぐいぐいぐい。元に戻して、のびのびのび

足をフワッとスワンさん。首をクイックイッ、正面向いてクワッっとな


「・・・なんて変な歌詞なんだ」

「人前では・・・ぜえ、ぜえ・・・やりたくないですね・・・」

「師匠は息切れるの早すぎでは!?」


坂道歩きは反れながら。ソレイユ浴びてモデルさん

身体はX、意識して。y軸ランウェイ歩いて行こう

関数わからなくても大丈夫。生きていられるホントだよ


真幌ホロホロ嘘つかない。真幌ホロホロ膝曲げない

理想は低くていいじゃない

ジャンプで飛べる程度がいいものさ

真幌ホロホロまっすぐに。真幌ほろほろ羽ばたくぞ

まっすぐ飛んだ先は君の理想

さあ、君も鍛えよう!真幌ホロホロダンシング!


それからも、割愛するが変な歌詞とともに体操は続いていく

しかし、歌で動きは覚えられるし、腹に力が入るから結構効率的なのかな・・・そういうの、よくわからないけれど

けれど、全部を終えた後


「なんか、腹が締まった気がする・・・」

「後は継続と健康的な生活だ。忘れたらもう一度真幌と踊ろう」

「ありがとう、真幌」

「いい。俺も楽しかった」

「忘れたらとは言わず、明日も付き合ってくれよ」

「・・・暇だったらな」


「ついでに師匠も連れてきてくれ。毎日な」

「・・・ああ。言われなくても。これは想像より酷かった。しっかり体力をつけさせないと」

「・・・」


真幌ホロホロ体操を踊り終えた師匠は、完全に気絶していた

ここまで体力がないのは、真幌も俺も想定外だった

・・・彼女には、しっかり運動をさせて体力をつけさせよう


「・・・報酬は紫乃パイから受け取っておく。今日は解散だ。食事は抜くなよ」

「ああ。本当にありがとうな、真幌!師匠はどうする?」

「紫乃パイは・・・寮が一緒のフロアだし、俺が運んでおくよ」

「大丈夫か?」

「軽い軽い。平気だよ。それじゃあな」


気絶した師匠を脇に抱えて、真幌は夕焼けをバックに、親指を立てて格好良く去っていく

人一人を抱えて、あんな平気そうな・・・

真幌ホロホロ体操を続けていれば、俺もあんな風になれるのかな・・・!


・・


そして時間は、あの日から一年以上が経過した十二月に辿り着く

二年生の冬

冬休みに突入し、やるべきことはあらかた終わらせたお嬢が退屈そうだったので、昔話を軽くした

まだ、色々な問題が表面化していなかった頃

あの子が、法霖学院に在籍していた時期の話を・・・懐かしむように


「と、思っていたのが、一年生の二学期・・・九月だな」

「なるほど。確かに筋肉がしっかり・・・」

「流石に真幌ほどではないけどね」


「・・・効果あるんですね。真幌ホロホロダンシング。私もやりましょうかね?最近、体型が気になり始めて」

「一緒にやる?」

「いいんですか?」

「うん。あれから俺もずっと続けていてね。君もレッツ、真幌ホロホロダンシング。あ、ちゃんと歌うんだよ」

「歌う・・・?」


この後、真幌ホロホロダンシングの洗礼を受けて、変に疲れたお嬢

師匠も最初はそうだったな。今では満足に踊りきれているけれど


ここから更に一年後

三年生になった彼女は、合間合間に練習を続けいたらしい

そんな咲乃が、真幌と師匠と共に、俺へキレッキレの真幌ホロホロダンシングを見せて笑わせてくるのはまた、別のお話・・・

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