第3話 犯人は誰?
「うちを狙ったのではないって可能性はないのか?」
アランが慎重に言葉を選んでいる。
「どういうことでしょう?」
騎士はアランの言葉に仕方がなく聞き返しているが、ジョージが犯人と決めてかかっているようだ。
「毒入りの飴が、どっちの家にいってもいいと思っていたってことは?」
"愉快犯とか、社会の混乱を狙っているとか、そういうことだろうか?"
「なぜ、そんなことする必要が?」
「片方毒なしにすることで、ジョージが犯人だと思わせて、自分に捜査が及ばないようにしたのでは?」
アランの指摘に、ジョージは顔をあげた。騎士は呆れたように手のひらを上にして、両手を上下させた。
「架空の犯人を作るつもりですか?犯人はこの男で決まりです。エリントン家とブリジン家では立場が違いすぎます。毒入り飴が、どちらの家に届いてもいいなんて、そんなことはないでしょう。」
セレーナは、ブリジン家について思い出していた。
確か、貴族制度撤廃前からの商家だ、大きな儲けを出すわけではないが、長い間商いを続けている家だ。エリントン家とは、元の身分も、商家の大きさもまるで違う。
騎士に話しかけても、相手にしてもらえそうにないのでアランの方を向くと、レオルドと目があった。軽く微笑み、アランに視線をやる。
「旦那様。毒入りの飴を、エリントン家に確実に届ける方法があります。」
セレーナの言葉に、騎士は顔を赤くした。
「だから、それは、この男が犯人だからだろ!?お前もグルか?」
"騎士ともあろう方が、口が悪いわね"
「セレーナの話を聞きたい。」
アランが威厳のある声で騎士を黙らせる。
「検査官の方に伺います。ブリジン家の飴の箱はどのような大きさでしたか?」
ピリついた空気のなか、検査官はオドオドと答えた。
「これくらいです。」
やはり指を直角にして四角を作っている。
ディランの方を見れば、目を見開いて検査官の指を見ている。
「全然、大きさが違う!!それは正確なのですか?」
「は、はい!」
「御主人様!うちの箱は、これくらいでした。」
ディランだけでなく、アルロも手のひらを向かい合わせて小さな箱を作っていた。検査官の作った箱の大きさと比べて明らかに大きい。
「あぁ!使用人が多いエリントン家に、大きい箱を持ってきたんだ!!」
ジョージが大きな声をあげる。
"初めから、箱の大きさについて話してくれれば良かったのに…"
「貰った二箱の大きさが違ったんだな。ジョージは真面目な男だから、大きい箱を使用人の多いうちに持ってくることは、誰にでもわかっただろう。」
アランがセレーナの言いたいことを代弁してくれた。
「それに、ジョージさんが犯人であれば、箱の大きさを変える必要はありません。それに、もっと巧妙な手口があったはずです。」
「だから、飴は人に貰ったんですって!」
騎士は顔を真っ赤にしている。
「なぜ箱について話さなかった!?」
検査官を怒鳴り付ける。
「あ、わ、飴は瓶に入っていたので、箱は見ていません。」
騎士の歯軋りが聞こえてきそうだ。
「お前の疑惑が晴れたわけではないからな!!」
大声で悪態をつくと、見張りの二人を残して、大きな足音を鳴らして帰っていった。
「高等学院を卒業したと聞いておりましたが、やはり素晴らしい慧眼ですね。」
レオルドが爽やかに笑う。
「先ほど、偶々、箱の話をしていたものですから。」
セレーナが微笑むとレオルドは、ほんのり頬を赤くした。
「でも、そうなると、飴をくれた人物を探さないとだな。」
アランが、難しい顔をする。
「いやぁ~。飴が想像できないくらいの厳つい男だったと思うんですけど。」
ジョージは顔をしかめて、必死で思い出しているようだ。
「紙を2~3枚頂けませんか?それから、ペンとペーパーナイフをお借りしたいのですが。」
「何を?まぁ、セレーナには昨日から助けられてばかりだからな。届けさせよう。進展があったら呼んでくれ。レオルド、仕事に戻るぞ。」
レオルドが、セレーナの手をとる。セレーナは、目を丸くしてレオルドを見た。
「セレーナ、落ち着いたら、色々話を聞かせて欲しいな。」
セレーナは、困惑の表情だ。アランが咳払いをしたので、レオルドは取り繕い、急いで出ていった。
"レオルド様って婚約者が居るって話じゃなかったかしら?面倒なことにならなければ良いけど"
白い紙と装飾のキレイなペーパーナイフは、メイドのカミラによって届けられた。使用人の急なお願いで届けられたものとしては些か高級すぎる。
「紙もインクも高いのよ。無駄遣いしないで頂戴な。」
"本当は、もうちょっと安物でよかったのよ"
「ありがとうございます。大切に使わせて頂きます。」
慎重に受けとり、頭を下げた。
「ところでセレーナちゃん。それで何をするんだい?」
騎士のウィルだ。
"気安く呼ばれる筋合いはないのだけれど"
「試してみたいことがあるのです。ジョージさん。厳つい男だったとおっしゃいましたよね?輪郭は四角いですか?丸いですか?」
「四角い感じだったな。太っているわけではない。ガタイのいい男だ。」
スーっと、紙にペンを走らせた。
「鼻は大きいですか?」
「ちょっと大きめかなぁ。」
鼻の輪郭が出来上がる。
まずは顔のパーツについて細かく聞き、簡単に描きあげる。その後、ジョージに見せながら微調整を繰り返していく。直せない部分に、新しい紙を置いて描いていたら、アルロが糊を持ってきてくれた。ありがたく糊を受け取り、修正したいところには白い紙を貼り、書き直していく。少しずつ陰影をつけていくと、男の顔が出来上がった。
似顔絵を書く作業は長時間に渡ったので、使用人達は自分の仕事をやりながら、手の空いたときや近くを通ったときに覗いていった。
「どっかで見たことある顔なんだよなぁ~。」
ディランが似顔絵を凝視している。
「おい!アルロ!こいつは誰だったっけ?」
「俺は見覚えありませんね~。」
「う~ん。誰だったかなぁ~。」
廊下の方から、パタパタと足音が聞こえてきた。
「奥さま!これです。」
メイド長のハンナが、フレイヤと娘のエミリーを連れてきた。
「ハンナったら、急ぎすぎよ。」
ハンナは、勢いそのまま、ジョージに詰め寄った。
「ジョージ!そっくりなんでしょ。」
「そうです!よく描けているよ。これで、飴を渡した男がみつかるといいんだけど。」
「セレーナ、私にも見せてくれるかしら。」
「えぇ、奥さま。少しでもお手伝いが出来ればいいのですが。」
フレイヤが見えるように向きを変える。フレイヤの顔が強張る。
「キャ!!!」
エミリーが悲鳴を上げた。
青くなって震えるエミリーを、そっと抱き締めるフレイヤ。
「ハンナ!アランを呼んできてちょうだい。エミリーは部屋に戻りましょうね。私は戻るから、セレーナ、あとはよろしくお願いね。」
娘のエミリーの知り合いだったのかもしれない。あの様子では、いい印象ではないのだろう。
エミリーに付き添って、ゆっくりと気遣うようにフレイヤが出ていった。
「何があった?」
アランが駆けつけてきた。レオルドは来ていないようだ。
「旦那様、ジョージさんに人相を聞いて描いたものです。ディランさんは見覚えがある程度のようでしたが、奥様とエミリー様は知った顔のようでした。」
似顔絵を見せると、アランは一度目を見張り、ジワジワと渋い顔になっていった。
「こいつなら、うちに恨みがあってもおかしくない。嫌がらせのつもりだったのかもしれないな。これは、ケット、西にあるパン屋の息子だ。ディラン、お前こいつの親父と知り合いなんじゃないか?」
「あぁ!昔ながらのパンで有名な、あのパン屋ですか!?」
ディランは昔ながらと表現したが、実際には固いパンであまり人気はないらしい。
そのパン屋の息子が、エミリーを気に入って婚約を申し込んだようだ。娘とすでに恋仲であればともかく、流行ってもいないパン屋の息子で、娘が気に入ったわけでもない男に嫁がせるなんて、許せるわけなかった。もちろん丁重にお断りした。その後も家の近くを彷徨いていたり、エミリーの学校の行き帰りに現れたりしていたらしい。せめてパン屋を大きくしてから出直すなどしてくれれば考え直したものを、こんな蛮行に走るなんて。
ただちょっとした嫌がらせのつもりだったのか。それとも、使用人を体調不良にすることで、エリントン家の崩壊を目論んだのか。
「旦那様。この絵を証拠にすることはできません。また、ジョージさんの証言では信じてもらえないでしょう。」
「えぇ~!そんなぁ~。こんなに頑張ったのに…。」
似顔絵が出来上がるまでにも、何度となく諦めそうになったジョージを慰め、励まし、ここまで仕上げたのだ。
"真犯人が見つからないと、貴方も私も疑われたままで困るのよ"
「ジョージさんが協力してくれたお陰で、真犯人がわかりましたわ。捜査をしてくださる騎士の方を信じましょう。他にもなにか証拠があるはずですから。」
ニコリと微笑みかけると、ジョージは「そうかなぁ。」と嬉しそうに笑った。
一瞬呆れた顔をしたアランだったが、使用人を労うことを忘れはしなかった。
「二人ともご苦労だったな。騎士には、古い知り合いから声をかけてもらうつもりだから心配いらないだろう。それから、ジョージは解決するまで家に泊まっていってもらいたい。騎士の二人もだ。交代で休めるように突き当たりの部屋を使ってくれ。」
奥からセレーナ、ジョージ、騎士の部屋となった。これで騎士は交代で休憩が取れることになるが、逆に言えば昼間はずっと見張られていることを意味する。
"是非とも早く解決して欲しいわ"
数日後、アランの言葉通り、ケットが捕まった。彼の行きつけの飲み屋で怪しい人物と密談していたところを、飲み屋の主人に目撃されていたのだ。さらに密談の数日後に、大きな箱を渡されているところまで見られていた。
ジョージの言葉も証明された。ジョージがよく通る道で、キョロキョロと挙動不審な男が多数の通行人に目撃されていた。中には顔まで覚えている人もいて、ジョージの証言は正しかったと結論付けられた。
"これでやっと、騎士のウィルから解放されるわ"
ケットの話では、毒とは知らなかったのだそうだ。エリントン家を分断することが出来ると言われただけなのだと。婚約の申し込みを断ったエリントン家に嫌がらせと、あわよく家が潰れてくれれば、エミリーは自分を頼るはずだと思い込んだのだと。ただし、普通の飴で家族を分断することなんて出来ない。毒だと気づいていたのではないかと疑われている。
毒を渡した人物については、名前は知らないそうだ。顔もフードを被っていて、あまりよく見えなかったらしい。声も変えていた可能性がある。
フードの男は、結局、見つけることは出来なかった。
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