第2話 疑われる
目が覚めると、頭痛がして体がだるい。目を開けるのも億劫だが、ずっしりと重たい体が、無視出来ないほどの喉の乾きと空腹を訴えていた。
セレーナは、ゆっくりと目を開く。既に明るくなった部屋は、初めて見る……いや、昨日、案内されたばかりの使用人室だ。
ノロノロと起き上がると、目眩がする。
服装は昨日のまま。倒れた私を誰かが運び込んでくれたのだろう。
"とにかく、厨房に行かなければ…"
扉を開けると、目の前に大きな背中が!
「あぁ!!おはよう?ございます。」
疑問形なのは、おはようと言うには、些か遅い時間なのだろう。
「すみません。喉が渇いてしまって、厨房へ行ってもよろしいでしょうか?」
慌てたように扉から離れ挨拶をするのは、騎士だ。看病のため、ではないのだろう。実際、食べ物や水を持っている訳ではなさそうだ。
看病でないのなら、なぜ?疑われている?出来る限りの治療を施したのだから、疑われる謂れはないはずだが。
"タイミングが悪かったのかしら……"
「はぁ~。」
つい漏れた、ため息。
「どうされました?」
隣を歩く騎士は、気遣うようにセレーナの顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい。頭痛と目眩がするのです。」
"ため息の本当の理由なんて、言える訳がないじゃない"
「あぁ!それは、気が付かず申し訳ない。私で宜しければ、お連れいたします。」
そう言いながら、満面の笑みで両手を差し出す。
"抱き上げて運ぶつもりだろうか??要らぬ誤解を与えて、話をややこしくするとは思わないのだろうか"
「それには及びませんわ。少しゆっくりと歩いていただけると助かります。」
ふわりと微笑んだ。
「あぁ、そうですね。セレーナさんでしたね。俺は、ウィルって言います。生命魔法が使えるなんて、素晴らしいですね。」
「学校で、偶々学んでいただけですわ。」
その後もウィルはニコニコと嬉しそうに話しかけ続け、セレーナは無難な返事を返し続けた。内心では体調が悪いのに話しかけてくるウィルにうんざりしていたのだが、少しも表情には出さなかった。
「あ!セレーナさん!おはようございます。」
住み込みコックのアルロが話しかけてきた。厨房には見知らぬ男が、項垂れて座っている。ここにも騎士がいた。
「おはようございます。フレディさんの様子を教えて欲しいのです。それから、お水と何かお腹に入れられるものをいただけませんか?」
セレーナのぎこちない微笑みを、正確に体調不良が原因だと理解したコック達は、テキパキと用意し始める。
「フレディさんは、時間はかかるものの、ちゃんと回復するそうです。お医者様がしばらくは毎日来てくださることになっています。」
「それなら、一安心ですね。」
昨晩は居合わせなかった、通いのコックであるディランがスープ皿を持って来た。
優しく微笑んだセレーナに、申し訳なさそうにスープ皿を差し出した。
「お医者様のおっしゃる通りに作った薬膳のスープですが…。」
言い淀んだ意味はわかった。
「頂くわ。」
笑顔で皿を受けとると、スプーンで掬って口に含む。とろ~りとして、後味にほんのり苦味があり美味しい。
「美味しい!」
「えぇ?本当ですか?」
ディランが理解に苦しむような顔をしている。
「今の私にはこれが美味しいのです。お腹が空いているときにご飯が美味しかったり、喉が渇いているときにお水が美味しかったりするのと同じよ。魔力切れのときに、このスープは美味しいのよ。でも、お二人は味見が苦くて大変だったでしょう。ありがとうございます。」
ディランもアルロもホッとしたようだ。
「それならば、よかった。」
そう言いながら、小さな鍋の方をチラチラ見ている。
「まだあるのでしたら、頂いても…。」
「あぁ!私たちは、苦くて食べられないんで、セレーナさんが食べられるのであれば!!」
さすがお医者様おすすめの薬膳スープだ。目眩と頭痛がスウーっと薄れていった。
「癒されるわ~。」
「夕飯も薬膳スープでよろしいですか?」
"おっと、それは勘弁願いたい"
「いえ、夕飯は皆さんと一緒にしていただけないかしら。」
夕方には魔力の回復が進んでいて、苦く感じるだろう。
「それが、私たちはお医者様からいただいたレシピでして…。」
見せてくれたレシピは、消化に良く体力回復を促すようなメニューであった。
「同じメニューでお願いします。皆さん、このメニューですか?」
「旦那様ご家族も、昨晩はゆっくりお休み頂けなかったので、今日はこのメニューです。使用人はフレディさんと同じ毒を口にしていたので、暫くこのメニューかと。」
"それは、エリントン家が狙われていたということかしら?"
「え?毒は何に含まれていたのですか?」
「それが、毒が入っていたのは、この男が持って来た飴だったんです。」
ディランは、項垂れて座っている男を指差した。男は慌てて顔を上げた。
「持って来たのは俺だけど、飴は人にもらったんだ!!」
「飴…?」
ディランは、小さく両手を付き出し、手のひらを向かい合わせて箱の形にする。
「はい。これくらいの箱に入った飴です。練習で出来た形の不揃いのものを、お試しにと持って来たんですが、旦那様方にはお出し出来ないほど不揃いでしたので、使用人で少しずつ楽しんでいたのです。」
「箱?ですか?」
「はい。キラキラしたキレイな箱でした。」
「飴は、湿気に弱いお菓子ですよね?一般的には缶や瓶に入っているかと。特別な箱だったのですか?」
「ツルツルとした今まで見たことのない材質の箱でしたね。」
使用人で少しづつ食べていたとはいえ、甘党のフレディは人より食べる量が多かったそうだ。年齢が高いことも相まって、倒れることになったのだろうと。他の人も順番に無毒化の魔法をかけてもらい、これからはお医者様指導のもと、弱った部分を回復していく予定だそうだ。
"使用人の顔色の悪さは、毒のせいだったのね"
「ところで…、検査官や騎士の皆さんは?」
「この男が、あぁ、こいつは、うちの御用聞きのジョージですが、こいつが、うちともう一軒、他の家にも飴を届けたらしくて、その家に行っています。」
ジョージは顔を赤くして、必死で言い返す。
「だから、俺は知らなかったんだって。」
「では、なぜ、毒入りの飴なんて持ってきたんだ?」
「だから!それは!道でもらったんだ。近々、飴屋をオープンするってやつが、宣伝の意味をこめて製品をやるから、練習で出来た形が悪いやつももらってくれって。使用人で食べて美味しかったら、また注文してくれって。」
袋に入ったキレイな製品が二袋と、不揃い品が入った箱を二箱受け取ったらしい。一つずつ、その日仕事に行く、エリントン家ともう一軒に届けた。袋の方を旦那様に、箱の方を使用人にと思ったそうだ。
はじめて会った人からの貰い物だったので、自分で味見をして、美味しい飴だということを確認した上で持って来たらしい。まさか食べ続けると体調が悪くなるなんて思わなかったと。
箱の方は少なくなったので、瓶に移してほんの僅かに残っていたらしい。袋入りの方は、食べてしまったのではっきりとはわからないが、お医者さんの健康診断の結果、毒は含まれていなかったのではないかと。
ガチャガチャ!!
大きな音を立てながら、騎士と検査官が入ってきた。
「その男を連れていく!」
ジョージは大慌てで、椅子から立ち上がった。
「わぁ~!!俺じゃない!!飴は人にもらったんだ!!俺には毒なんて手に入れられないだろ?」
大きな音に驚いたアランが、息子を連れて厨房に入ってきた。
「何事ですか?」
「あぁ!ご主人様とレオルド様。この男を連れていきます。きっとこれで解決しますので、御安心ください。」
ジョージの言うように、食べ続けると体調を崩すような毒は珍しい。飴にしたときに味に影響しないとなれば尚更だ。
強烈な速効性の毒なら、虫や魚などから比較的簡単に手に入れられるのに、そういったものを使うわけでもなく、わざわざこの毒を使っている。飴を食べ終わる頃に倒れる絶妙な効き目の毒なんて一般人が手に入れられるのだろうか?
それに加え、エリントン家に怪しまれずに出入りできる御用聞きが、自分で持って来たものに、わかりやすく毒を仕込むだろうか?
「あの、なぜ、ジョージさんが連れていかれるのでしょうか?」
騎士に向かって聞いたが、睨まれてしまった。私の疑いも晴れていない状況では取り合ってくれそうになかったので、アランに目配せする。アランはセレーナの目線の意味を理解してくれたようだ。
「うちは被害者ですし、何があったか報告して欲しいのだが。それに、ジョージはうちの御用聞きだ。捕えるのであれば、事情を聞きたい。」
先ほど帰ってきた騎士が、アランに向き直って直立のまま説明を始めた。この男が、騎士のなかで一番偉そうだ。
「アラン様。ジョージが届けた飴の箱を確認して参りました。珍しい材質だったので、捨てずにとってあったのです。」
検査官の男が引き継いだ。
「その箱からは、毒が検出されませんでした。」
検査官は指を直角に曲げて、箱の形を作っている。
「この男が、どちらが毒入りかわかっていたとしか思えません。毒入りの方をエリントン家に届けたのです。ですから!この男を取り調べます!」
騎士が話しているのに、検査官の手の動きが気になってしかたがない。
"あの動きが正確なら、エリントン家に目的の箱を届けさせることが出来るわよね"
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