君の上腕二頭筋が食べたい

瘴気領域@漫画化してます

君の上腕二頭筋が食べたい

 表題のとおりである。

 他意はない、そのままだ。


 私という存在は、純粋に君の上腕二頭筋に食欲を示している。

 ありていに言うなら美味しそうだと思っている。

 高尚に言うなら食指が動いている。


 美味しそう(性的な意味で)などという下劣な妄想はやめてもらおうか。

 君は見るからに運動不足だし、頭も悪そうだし、口下手だし、褒めても警戒して喜ばないし、かといってけなすと怒る非常にたちの悪い人間だ。おまけに努力もしない。


 内面的な話に集中してしまったから、外面の話をしよう。

 君はまず頭髪が不足している。

 む、婉曲表現は通じないか?

 君はハゲている。

 確定的にハゲている。

 現在的にもハゲているし、将来的にもハゲている。

 これまでも、これからも、君の人生は無毛の荒野だ。

 文字通り、ぺんぺん草も生えていない。


 最後につい、詩情を挟んでしまったがこれで通じただろうか?

 泣いているな。

 つまり通じたということだな。

 待て、慌てるな、まだ終わってはいない。


 君はBMIでいうと800だ。

 BMIくらいは聞いたことがあるだろうから説明は最小限にするが、要するにデブ値だ。

 これが40になると肥満(3度)と認定される。

 それ以上はない。

 つまり、君は人類史に名を刻むレベルのデブなんだ。

 なぜそんなに太っているのかわからない。


 いや、すまん、謝罪しよう。

 これは誤解を含む表現だった。

 人格攻撃のつもりはなかったんだ。

 君が怠惰の末にぶくぶくと脂肪を蓄えた心因的理由について私には関心がない。

 純粋に物理現象として、どうやったらそここまで太れるのか気になっているだけなんだ。

 純然たる生物学的興味だな。


 正確性を期すために、もう少し言葉を足そう。

 私は、君という人格そのものにはまったく興味がないんだ。

 こうやって会話をしているのは、カビの生えたユング・フロイト主義者どもが、君のその体質には幼少期のトラウマだのアニムスだの集合的無意識だのが関係するはずだとうるさくてな。


 ちっ、学術にオカルトを持ち込むバカどもが。

 アドラー心理学をもじったビジネス啓発本でも読んで部屋にこもってそのまま一生出てこなければいいのに。『水からの伝言』と『江戸しぐさ』と『金持ち父さん』と『人生をなんちゃらさせる○つの法則』みたいなものを一生読み続ける刑に服すればいいのに。


 む?


 いや、すまんすまん。

 これは独り言だ。

 気にしないでくれ。

 私には、つい考え事を口にしてしまう癖があってな。


 口にすると言えば、君の上腕二頭筋はなかなかの味だ。

 少し脂が強いから、しゃぶしゃぶがよいようだな。

 焼肉ならひと切れで十分だ。


 なに、いつのまに食べたんだって?

 いや、さっきからずっと食べているよ。

 君に許可を求めたことなんてなかっただろう?


 私は「食べたい」と願望を口にし、あとは仕事上の最低限の義務を果たしつつ、雑談しながら君を食べていただけだ。

 これのどこに論理的な瑕疵がある?


 脂肪に埋まった君の目には何も映らないし、頭蓋内にまで侵食した脂肪細胞は君の脳髄を圧迫している。耳や鼻どころか、手足だって分厚い脂肪層に包まれて、君はまるっきりゴムボールみたいだ。

 いやはや、腕を掘り出すのにだって苦労したんだよ?


 しかし、この味はなかなか優秀だ。

 他の研究員たちも同意しているし、ひとつ投票にかけてみよう。


 何の投票かだって?

 決まってるじゃないか、この世界的食糧難の真っ只中だぞ?


 コオロギか、君か、どちらを養殖するかをSNS投票で決めるのさ。

 せいぜい、コオロギ以下にならないことを期待しているよ。


(了)

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