第参拾参集:天狼星
天狼隊の「
意味は、「真昼に照らす恒星が太陽ならば、夜の道しるべになる恒星は
共に「光」でありたいと願う、
祈りは別の形で
この世の煌めく闇を司り、その力も運命も昏い。
「夜」そのもの、と言ってもいいだろう。
だからこそ、輝くのだ。
その優しさや、勇気、愛する力が。
あまりに眩しい光の中では生きられない者たちのために、ただそっと寄り添う「影」であるために。
それでも、取りこぼしてしまうことはあって。
目の前で息絶えていく家族の姿に、深い悲しみが飲み込むこともある。
「あ、義兄上……」
☆
戦場を離脱した
眼下には、もはや隠れるつもりもないのか、優雅に歩いている蘭玉たちの姿が見えた。
どうなったとしても、金苑の門が開いた瞬間に侵入する手筈になっていたのだろう。
異様な空気が流れる。
「
欄干に降り立つと、すぐに
あまりにもそっくりな二人の顔に微笑みつつ、
「蘭玉を見たよ。もう来ると思う」
「わかった」
「冕服、似合ってたのに」
「動きづらくてな。それに、やはりわたしは
「まあね。わたしの場合は矢のほうが合ってるけど」
「たしかにな」
階段を上ってくる音がする。
だんだんと近づいてきたその音は、
「開いてますよ」
「よくわかったな」
蘭玉が鞘から抜いた剣を持ち、微笑みを浮かべながら立っている。
その脇と後ろには総勢十六人の弥蛍族の男たち。
「わたし、耳がいいので」
「それが龍神族の力か」
「まあ、そんなところです」
蘭玉が進み出る。
風が吹いたようにしか見えないほどの速さ。
「あなたがあの淑妃の息子ですね」
蘭玉が振り返り、
「……話す価値もない、ということでしょうか。いいでしょう。用があるのは陛下だけですから」
蘭玉は再び
「陛下の御兄弟は物騒ですね」
「あなたの兄弟でもあるでしょう? 兄上」
蘭玉はにやりと口元をゆがめると、高らかに笑い始めた。
「どうしてこうなってしまったのでしょうね? 母親の血が違う位で、どうして……」
蘭玉は剣を持つ手に力を込めると、歪んだ笑顔のまま言った。
「そこは私の席だ。これまでも、今も、これからも。どいていただきましょう」
その時、扉から一人、新たに部屋へと入って来た。
「け、景耀……」
張りつめた空気の中、何事もないような顔で、景耀は蘭玉に近づき、その身体を抱きしめた。
そして、小さな声でつぶやいた。
「さようなら、父上」
うめき声。
床に滴る赤。
景耀は動揺する蘭玉の手から奪った剣で、背中からその身を貫いていた。
自身も一緒に。
「あ、義兄上……」
「ま、まだ助かる! 助けられる!」
すると、景耀が
「こ、これで、いい、いいんだ。もう、あ、争いの、ひ、火種に、なりた、く、ない」
剣が肺を掠めたのだろう。
手から力が抜け、だらりと落ちた。
口から血が溢れ、景耀は盛大に咳き込みながら、最期は穏やかに息を引き取った。
護るはずだったのに、これからは、少しくらい仲良くなれると思っていたのに。
景耀は、やっと、やっと自由に生きていけるはずだったのに。
しかし、感傷に焦がれている暇はなかった。
蘭玉は血を吐きながら上半身を起こすと、袖から取り出した液体を飲み始めたのだ。
「わ、私は、し、死なないぞ。馬鹿な、む、息子のようにはな!」
蘭玉は身体から剣を引き抜くと、血を吐き出し、
「これはお前たちが知る薬とは少し違う。
蘭玉の傷が糸のようなもので塞がり始めたからだ。
「何を飲んだ、蘭玉」
「
「お前はわかったようだな。さすが、あの
冷や汗が止まらない。
中原よりはるか西方にある国にしか生えない菌類の一種、
それも、
「なぜそんなものを?」
「敵が龍神族ならば、こちらもそれに等しき存在になるしかないだろう? まさか、銀鉤教の連中が本当に手に入れるとは思ってもみなかったが……。運はこちらに向いているようだ。この菌は摂取した者の身体を不死身に変える。菌が生き続ける限り、私は死なないのだ」
「それに」と、蘭玉は黒と白が反転していく目で
「この剣も、他の者たちが持つ武器も、すべてお前を殺せるぞ」
最初に動いたのは弥蛍族の男たちだった。
「兄上には指一本触れさせんぞ。行け!
途中で横に抱き抱え、安全な場所を探した。
「……あ、あれ」
「す、
空を飛んでいたのは、
「おお!
それでも、壮観だった。十名の青い甲冑を身に着けた龍神族の武人たちが一斉に包拳礼で応えた。
「祥国皇帝陛下、もしよろしければ、我らの弟の腕の中ではなく、わたしにその御身を預けてみませんか? その方が、
何とも奇妙な図だった。
「可愛い
「三人ついて行け。
「……初めましてですね、
「楽しい挨拶は勝利の後の宴で行いましょう、陛下。それにしても、我らの弟は最高ですね」
「ええ。本当に」
夜空に星々が瞬いた。
その中でも、一際美しく、明るい天狼星。
夜を駆ける、永遠の光。
地上に顕現したそれは、剣をもって立ち向かう。
暗雲もたらす、
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