第参拾弐集:王
戦いが始まったのと同時刻、皇宮に、ある人物が現れた。
「景耀、何をしに来た」
玉座に座る人物を、景耀は目を凝らし、耳を澄ましながら凝視した。
「……違う、何故ここにいるんだ」
「違う、とは?」
緊張してこわばっていたからだから一気に力が抜けた景耀は、剣にかけていた手を離した。
そして一歩、一歩と近づき、叫んだ。
「どうして本物の
「別の地で育った弟、
景耀は力なく頷くと、その場にへたり込んだ。
「殺すつもりだったのか」
「ただ、話したかった。両親が違うと知った時、どんな気持ちだったのか知りたかったんだ」
すると、柱の陰から
違うのは髪の色と眼の色。
それも、髪を冕冠に入れ、目は薄暗ければ区別をつけるのは難しいほどに似ている。
「お前が景耀か」
よく通る声も似ている。
少し
「そうか。あんたがいるから兄上……、いや、陛下の警護がいないんだな」
「その通り。祥国皇帝は頑固だな。わたしが身代わりになると申し出たら、笑顔で断った。だから、こうしてそばに控えているというわけだ。せっかく着替えたというのに」
「よく似合っているぞ、
「私がくることもどうせ予想していたんだろう、
「まあな。お前は悪党に染まるには素直過ぎる。蘭玉の側にはいられないだろうと思っていたよ」
「なんだ。なんでもお見通しか?」
「いや。長い間、お前は私に一番近い弟だったからな」
「はっ。『だった』ね」
「どうしたい、景耀」
問われた意味が解らなかった。
「どうしたいって……、何を……」
「この、あまり出来の良くない剣で私を殺し、皇位を簒奪して自身の実父に殺されるか。それとも、私に手を貸すか」
あろうことか、
「少し力を入れるだけで、お前は皇帝になれるぞ」
景耀は途端に恐ろしくなり、手が震え、剣を落としてしまった。
「私には無理だ。簒奪など、本気で望んだことなどない」
「だろうな。それは蘭玉の
「……夢?」
「お前の夢は? 景耀」
二番目ではあったが、
何もかも手に入る地位にあり、人生に足りないものなどなかった。
それなのに、いつからか蘭玉によって「皇帝になるのはあなただ」と言われ、
勧められるがまま悪事にも手を染め、間接的に殺した人の数はもはや覚えてもいない。
何のために、誰の為に生きているのか、自分でもわからなかった。
「何を、何を願えば……、夢と呼べるんだ」
零れ落ちた涙は剣に当たり、弾けて流れた。
「好きに生きろ。お前から親王の地位を剥奪するつもりはない」
「……何をすればいい」
「どう戦局が動けば、蘭玉はここに来る
景耀は少し悩むと、ぽつぽつと話し始めた。
「私はもちろん戦など行ったことが無いからよくわからないのだが、たしか、金苑が開門したらとかなんとか……」
「おい、何を考えている。ここの門を開けるなど、自殺行為だぞ。蘭玉がどれほどの兵を……」
「それなら大丈夫だ。そうだ、景耀。曾祖父に会いたくはないか?」
景耀は
その後、御林軍の兵士に連れられ、景耀は雛菊隊が護っている一室へと連れていかれた。
そこにはほかの皇子たちも集められており、みなウトウトとし始めていたところだった。
(……私も寝るか)
なぜかはよくわからなかったが、久しぶりに、気分はすっきりしていた景耀だった。
一方、戦場にはさっそく
「え、門を開けるの?」
上空で
紙を燃やし、再び戦場へと舞い戻っていく。
おそらく、アレの算段が付いたのだろう。
「祖霊の皆々様方が降臨される! 道を空けよ、軍神、
金苑の門が開いた。
戦場の熱気とは裏腹に、足元を這う蛇のような冷気が辺り一帯を満たし始めた。
甲冑の表面が凍る。
草木に霜が降り、霧が立ち込めた。
傀儡の兵士たちの動きが鈍くなっていく。
筋肉がこわばり始めたのだ。
傀儡兵に指示を飛ばしていた弥蛍族の兵士たちは動揺し、せわしなく目を動かしている。
「内乱などという不名誉な争いを始めたのは誰だ」
地を這うような怒号。
身長よりも長い矛を持ち、黒衣の甲冑に身を包んだ、死して久しいというのに鋭い眼光。
その背には『蕉月』の旗を掲げる屈強な兵たちが続いている。
「
黒曜石から作られた
血に塗れてもなお黒く輝き続ける永遠の漆黒は、相手からすればまさに百鬼夜行。
「……わあ、怖い」
思わず、
敵は傀儡とはいえ、人間だ。その人間が宙を舞い、瞬きの間に胴が切り離されていく。
本当に泥で作られた身体なのだろうかと疑いたくなるほど、蕉月王とその兵たちは強かった。
「どうだ、
風と共に現れた
「どうって……、いったい
「ふふ。
「工夫……?」
「禁忌をいくつか破ったのだ」
「まさか……」
「し、師匠!」
そこには眼球と同じ大きさで作られた緑柱石の宝玉が収まっていた。
「あはははは! 一度やってみたかったのだ! 完璧な死者の修復……。これぞ浪漫だろう? そのために眼球一つ失う位、安いものだ。それに、あの軍神、蕉月王に私の左目を使ってもらえるのだぞ? 愉快ではないか」
健全な探求心と、破滅的な好奇心。
自己犠牲などと言う高尚なものでも何でもなく、ただただ積極的に愚かなのだ。
千年も生きると、命すら道具になり果てるのだろうか。
「後悔しないんですか?」
「弟子が大切に想う世界を護ることが出来て、さらに許可をもらって高貴な死者の研究が出来ているのだから、むしろもっと貢献したいくらいだ。まぁ、さすがに
「そ、そうですか……」
「あれは劇薬だからな。危険すぎる。ほら、
その姿を地上から確認した弥蛍族の数人と、そして蘭玉は皇宮へ向かった。
すべてを終わらせるために。
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