第参拾集:兄弟
「じゃぁ、その時に」と
「はあ……。師匠には一生敵わないや」
そこで、
「
そもそも、龍王谷の場所を知らない。
最後にそこに行き来できたのは、元禁軍大統領だ。
「……いや、
直接行く勇気はまだなかった。
行ってみたい、でも、人間の世界で育った龍神族の自分がすぐに馴染めるとは思えなかった。
一番近くにあった木に手のひらをあて、願った。
「
すると、風も無いのに木が揺れ始め、一枚の葉がひらひらと舞い始めた。
どうなるのかと目で追っていると、どこからか飛んできた鳥がその葉を咥え、空高く飛び上がり、そのままどこかへ飛んで行ってしまった。
「……え?」
これが偶然じゃないのだとすれば……。
何かしら、もたらされるだろう返事を期待して。
「とにかく、
「たまには皇宮に行くにふさわしい恰好でもしないとね……」
朝ご飯のために呼びにやってきた
とにかく、格好としては合っているらしい。
「いい天気……」
風が頬を掠めた。
耳に、今は聞こえるはずの無い声が微かに響いた。
――「この薬を陛下へ……」
天翔ける馬は
すぐに皇宮が見えてきた。
一番近い路地で降り立つと、姿を現し、馬で駆けながら強引に皇宮の中へと入って行った。
「げ、霓王殿下!」
衛兵たちが追いかけて来るが、追いつけるはずもなく。
途中で馬を降り、「馬、よろしくお願いします!」と遥か後ろにいる兵たちに伝え、
目を丸くして驚く
その隣にいるのは蘭玉。
置かれた
葡萄の内部に、不審な液体が見えた。
見えるはずもないのに。
考えている暇など無かった。
「おやおや、霓王殿下。いくら親王と言えど、これはあまりに無礼では?」
蘭玉の目が光る。
「な、なんだそれは」
葡萄から出てきたのは、黒いキラキラとしたものが混ざった黄金色に輝く液体だったからだ。
「これはいけませんねぇ。毒味係を問い詰めなくては」
蘭玉は薄笑った。
そして口だけ動かして言った。
「こちらも、お前を知っているぞ」と。
(わたしを試したんだな)
気付いた時にはもう行動してしまった後だったが、
「これは何なんだ」
「
「わたしのことがすべて知られたみたいだね」
「な! そ、それでは……」
「もう時間がない。だから、義兄上、わたしは……」
その時、一陣の風が部屋の中を駆け巡り、通り抜けたと思ったら、そこに、仮面をつけた
「
「呼んでいると知らせがあってな」
「初めまして。兄上」
「で、では、君が……」
「はい。
一歩、一歩と近づき、気づいたら
「よく似ている。淑太妃義母上にも、私にも」
「ど、どうも」
どちらかと言えば、
それなのに、
二人はゆっくり身体を離すと、今度は
「え、あれ? なんで……」
二人のこんな姿を見たのは初めてだった
「そうだ、すまない。いきなり抱擁してしまって。
「あ、二人に用があるんです、わたし」
「え?」
義兄二人は「どういうこと?」とほとんど同じと言ってもいいほど似ている顔で困惑した。
「
「まぁ、可能だろう」
「二人とも、どういう……」
「祥国皇帝陛下と、可哀そうな皇子である景耀を護るための作戦だよ」
「景耀にも危険が迫っているのか?」
「うん。でも、
「ああ、その通り」
「二人に任せるよ」
「この赤い点は……」
「蘭玉の手に落ちた城塞都市だな、
「そうです。蘭玉は、さっきわたしが潰した薬を使って不死の軍を製造中だと思われます」
「数は?」
「およそ、二十万ってとこでしょうか」
「兄上、金苑の兵は」
「禁軍と御林軍、各王府や一品軍侯の兵を合わせても八万が限度だな。近隣の軍を集めようにも、蘭玉が手中に収めた城が道を阻むだろう」
「要所をよく抑えているな、蘭玉は」
「あの、あのね、そこで
「なんだ、
「英雄たちの魂を借りたいんだ」
「……ん?」
「実は、師匠の知り合いに良い
察した
「あちらが不死の軍なら、こちらは英霊たちの軍、ということだな、
「そうです。身体は専用の術式を使って泥で作れば、ある意味不死、というかなんというか……。不謹慎なのは承知のうえで、力を借りたいんです」
「でも、なぜ兄上に?」
「
「え!」
「
「いや、義兄上も充分びっくり兄弟ですよ」
「龍王谷で麻痺しているのかもしれん……」
そう言うと、
「もしそれが可能なら、これが役に立つだろうな。まぁ、
手渡された袋を開け、中を見てみると、そこには
「生体組織の宝玉は魂の結びつきを強くする。足しにしてくれ」
「ありがとうございます!」
「なぁ、
「あ、う、うん。わかった」
「よかった。ありがとう」
同じ年齢なのに、歳のとり方が人間と龍神族では違う。
大人の男、といった
羨望と少しの嫉妬。
いつになったら自分にもこういった魅力が身に着くのだろうか。
「……よし。わかった。うん。大丈夫なようだ」
「祖霊たちが話をつけてくれた。英雄たちは、それはもうやる気満々とのことだ」
「さすが義兄上!」
「ただ、得意な武器がそれぞれ違うから、それらをちゃんと用意しろとのことだ」
「もちろん、手配する。たぶん
「皇宮の武器庫は蘭玉に怪しまれるからな。任せる」
三人は互いに目配せしあうと、ふっと微笑み合った。
「では、兄上、
「その時を楽しみにしているぞ、
「ええ、兄上」
「すごいな……。今の、
「頑張れば出来ると思う。でも、最近ちょっと色々あって……」
「話してくれ。もうしばらくは誰も近づけさせないから」
「うん、じゃぁ、えっとね……」
久しぶりの、何でもない、兄弟の時間を過ごすことが出来た。
すぐ近くで燻る、戦いの火種を感じながら。
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