第弐拾捌集:龍神
遅かれ早かれ、李の孫娘は死ぬ。
すると、仰々しい
「
開けて中から書簡を取り出すと、そこには『調査依頼』と書かれていた。
「えっと……。『眠るように死ぬためだけに飲む樹液があるらしい。それが不審な使われ方をしている可能性がある。調べて来てくれ』か」
「そんな樹液があるとすれば……」
そしてゆっくりと近づき開けると、中から黄金色に輝く小瓶を取り出した。
「
たった一度、
その時に説明されたのは、ある〈木〉についてだった。
――冬を司る
――その樹液は黄金色に輝き、豊かな花の香りがする。味は甘く爽やかで、最期に飲むには最適なものだという。
――一瓶だけお前ももらっておくと良い。本当に愛するひとの穏やかなる旅路を願う時にだけ使え。
当時まだ子供だった
でも、今は自信がない。
この世は、そんなに単純ではないのだ。
嫌でもそれを感じてしまう。
「わたしのこと、覚えてくれていると良いけれど……」
根の国は簡単に入国できるような場所ではない。
完全なる冬の神域。
長く滞在すれば、それこそ命に係わる。
「とにかく、今から行こう。疲れてないし」
完全に陽が落ち、風は冷たく、月は雲の中。
時間がわからない。
どれほど飛んだだろうか。
手に持っていた花が一本、枯れた。
「近い」
根の国の入口は毎日変化する。
そのため、花や、時には小動物の命を使ってその場所を探すのだ。
籠の中で弱りゆく小鳥を観察しながら場所を探すことが多いという。
「あ、二本目が枯れた。この辺りだな」
すると、一本、また一本と枯れ、ある地点へ立った時、持っていた花がすべて枯れ果て地に落ちた。
「ここだ」
すると、土がゆっくりと盛り上がり、一枚の扉となった。
黒い漆で塗られた木の扉を開け、下へ下へと続く石の階段を降りていく。
腐臭が混ざる甘ったるい花の香り。
においはだんだんと清浄なものへと変わり、空気が変化した。
(神域にたどり着けた……、のかな)
岩肌の空間を抜けた先にある神域は、外界と変わらないほど自然にあふれており、まるで
外の世界と違うのは、ここが常に〈夜〉だということくらい。
ただ、様子がおかしかった。
流れる空気は涼やかなのに、煙の臭いが混じっている。
そして、血のにおいも。
「……おや? あなたは……」
灰に白を混ぜたような
その手に弓を持ち、腰には帯刀。
そして、胸から足元にかけて返り血を浴びた跡。
「龍神族の方ですね」
「そうです。何かあったのですか?」
鼠神族の男性は疲れたように微笑みながら、自身の後ろに広がる惨状を指さした。
「人間の軍が攻めてきたのです。我らに勝てるはずなどないのに、おかしいと思っていたら……」
男性は大量に転がる兵士の遺体を踏まないよう避けながら、
「こ、これは……」
樹林だった。
いや、樹林だった場所、と言った方がいいかもしれない。
半分以上の木々が斬り倒され、黄金色の樹液が流れ出ていた。
「彼らはこれが目的だったようです。冬の神域でしか育つことの無い
「そんな……」
でも、何のために?
「仮定の話なのですが、もし
男性の顔色が変わった。
まるで恐ろしいバケモノでも見るように。
「そんなことをすれば、不死の生き物が誕生してしまいます。それも、なんでも命令に従う、恐ろしい軍隊が出来るでしょう」
血の気が引いた。
「で、でも、
「忌憚ない言い方をすれば、人を殺す薬です。ですが、それは飲む人が強く願わなくては意味がないのです。死ぬことを望んでいない人には効きません。ただ……」
男性は深呼吸のあと、さらに話をつづけた。
「
血のにおいが充満している・
ここは冬の神域。
腐敗は地上よりも速い。
傷口から漏れ出す腐敗ガスのにおいが立ち昇り始めた。
「死ぬことのできない傀儡が出来上がります」
怒りが心を満たそうとしたその時、
その鱗は緑混じりの美しい青、
彼はまっすぐと
身体を強烈な風が吹き抜けた。
隣にいる
まるで、神が顕現したとでもいうように、恍惚とした目で。
龍は言う。「人の世の
「家族を護れる力なら、今すぐにでも」
その瞬間、青く輝く黒い光が龍となり、根の国を突き抜け雲を切り裂き遥か天まで昇って行った。
真昼のように輝いたその光は、月と星々の光を吸収し、再び
五行珠は砕け、そのすべての力が
「ああ……。あなた様がそうだったのですね。
周囲で見ていた鼠神族の人々が次々に地面に片膝をつき、
「わたしがどうにかしてきます。みなさんは引き続き神域の守護を」
今までとは比べ物にならない力を感じる。
それと反比例するように消えていくのは、
「相手が人の心など持たない悪党ならば、わたしはそれを凌駕する者になる必要がある。例え、それで心を失おうとも」
まるでこの世の終わりのように光を失った夜空を飛びながら、
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