第弐拾漆集:血
李の娘が住んでいるのは、祥国の食糧事情を支えている農村部の中でも大きな村、
「素敵なところだなぁ……。風も気持ちが良い。……えっと、娘さんが嫁いだのはたしか……。あ、あった」
村にある家の中でもひときわ大きく立派な邸。
そこは村の取りまとめ役である村長が住まう邸だ。
「秋の香りがする。ここは自然のにおいが濃くていいなぁ」
歩きながら、村を見て回ること数分。
邸にたどり着いた
「こんにちは……」
「あ、あの」
「まぁああ! 美青年よ!」
「どこから来たんだい!」
「……ん? その腰に下げている
「ええええ! 本当ですかいな!」
「こんな何もないところにどうして……」
あちらこちらから声がする。
それもそのはず。
ここには二十人以上の村人がいるのだから。
「え、えっと、李さんにお世話になっていて……」
「ああ! そういえば、たしか霓王殿下の家で働くとかなんとか言っていたわねぇ!」
「まあ! でも、何をしにここへ?」
ご婦人方からの好奇な目に動揺しながらも、
「えっと、その、お孫さんのことで相談を受けまして……」
「
その時、建物の中からやつれた様子の女性が現れた。
「あ、ああ……。母から早馬が来て……。あの、霓王殿下でございましょうか」
「そうです。お話、伺えますか?」
「もちろんです! どうぞ、どうぞよろしくお願いいたします……」
女性はどうやら李の娘にして村長の妻、そして、
「こうするしか、もう手段がなくて……。まずは会ってやってくださいませ」
たどり着いたのは、陽の光が届かない
「あそこに……。あれが、娘の
座敷牢の角。
特に暗い一角に、その姿があった。
「……お前、誰だ。人間ではないな」
低く多重に聞こえる不快な声。
ひたひたと音がする。
牢の太い木製の格子に、静脈のように青い手がかかった。
爪は骨のように白く、先がギザギザに割れている。
きっと、噛んでいるのだろう。
「このにおい……、龍神族だな」
きっと、娘の戯言だと思っているのだろう。
(これは葦原国で多数報告がある、
知識の無い多くの人々は、
「わたしに任せていただけますか」
「え、で、でも……」
李氏は狼狽えた。
母親から「霓王殿下はどんな事件でもその知識と知恵、才覚で解決する素晴らしいお方だ」と聞かされていた。
だが、例えそうだとしても、親王である。
おいそれと明らかに危険なことを頼んでもいいのだろうか。
「大丈夫ですよ。わたしは
「……よろしくお願いいたします!」
李氏は崩れ落ちるように膝をつき、深く深く
「では、少し休んできてください。終わり次第、声をかけます。娘さんが元気になった時、笑顔で迎えてあげるために」
「わかりました」
「では、のちほど」
「しっかりと休んでまいります」
李氏は気丈に微笑み、しっかりとした足取りで自室へと向かっていった。
「名前は?」
「なぜお前に述べねばならんのだ。知っているぞ。名前を使って私を殺すつもりだろう」
「ああ、なんだ。致死節のことを知っているんですね」
もし名のある
鬼化した
「あはははは! 馬鹿にしているのか? 龍神族も大したことないな」
「なんでわたしが龍神族だと?」
「そのわざとらしい〈清らかな〉においだ。反吐が出る」
「
「この女は死を望んだのだ。もちろん、自分のではない。婚約者と、それを奪い去った女の」
「呪ったんですね」
「それ以上だ」
「
「じゃあ……」
「ああ。もう
「では、なぜまだその身体にいるんです?」
「……嫌なガキめ」
「力が足りないんでしょう?
「別に困ってなどいない。……お前が来るまではな。でもいいか、小僧。私を調伏したとしても、
彼女は自身がこの先幸せになる可能性すら捨てるほど、婚約者とその新たな相手を恨んだのだ。
もしここで助けても、また同じことをするかもしれない。
それでも、李からの依頼だ。
救う以外の選択肢はない。
「龍神族のガキ、取引をしないか?」
「お前、
「なんでそれを?」
「私の兄弟たちが何人か奴に殺されたからな。同じにおいの奴は大体わかるんだよ」
「それで、取引って何を……」
すると、その血が宙に浮かび、あるものを写しだした。
「それは、
「そうだ。私には目となり耳となる兄弟がたくさんいる。そこで、最近よく見るのだ。この
「卸先の見当ならついています」
「だろうな。じゃぁ、それがどこに振り分けられているかは知っているのか?」
「知らないんだな。教えてやる。だから、私をここから出せ。もし今すぐ出してくれるのなら、この女から贄は取らない」
「条件が良すぎませんか? 何か企んでいるんでしょう」
「ああ。もちろん。今度は
「被害にあうのは
「当事者同士でやり合うのはかまわないんだな」
「そういうことじゃありません。わたしの大切なひとたちが被害に遭わなければ、他は……。今はどうでもいい」
(人間と交わるようになって
酷く冷たい、水底のような目。
お世辞にも〈人間〉には見えないほどの昏い表情だった。
「約束しよう、龍神の太子よ。私はお前には逆らわないし、どうせ逆らえない。今夜、お前の元へ地図を送る。そこに、屍玉が配られている場所を記しておこう」
いつもは清らかに澄んでいる珠の色が、乾いた後の血を思わせる色、〈
ただ、それも一瞬のことで、すぐに色は退いて行った。
それはまるで初めて五行珠に血が通ったかのようであった。
「わたしの力を分け与えます。さっさと
まばゆい光が二人を包む。
「……あはは、あははははは! これほどまでに強いとは! さすがは龍神族。恐れ入ったよ。では、お暇しよう。しばしの別れだ、
そう言うと、
牢のなかで
「……あ、私、どういうこと……?」
気付けば陽が落ちかけていた。
別室で休んでいる
牢の鍵を持って。
これからこの家に起こることを考えると、長居は無用だからだ。
「人を呪わば穴二つ。わたしにはどうすることもできない」
むなしい気持ちと、自身の中に蘇り始めた龍神族の血に翻弄されながら、
燃え盛る陽の光が闇に呑まれ行く眺めながら。
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