第弐拾伍集:真相

 琰耀えんようは村の広場に立つと、五行珠のなかの水の力を使い、周囲への音の伝わりを鈍くした。

 木で出来た遊具が転がっている。

 布と革で作られた簡単なボール

 巨木の枝にいくつも括り付けられた鞦韆ブランコは風に揺れ、昼間に子供たちが遊んでいる光景が思い浮かぶ。

 ただ、そんな中に、恐ろしいものが混ざっていた。

 羊や山羊、牛の頭部が据えられた台と、それらに刺さる小さな刃物。

 ちょうど、子供が投げられるくらいの大きさと重さ。

 弥蛍やけい族の子供たちは、幼い頃からこういった訓練を受けているのだろうか。

 いったい、何に備えて……。

 琰耀えんようは胸に広がる哀しさに目を瞑り、建物内へと侵入した。

(……ああ、やっぱりそうなのか)

 壁にかけられた布。

 明らかに窓とは違う場所にあるそれをめくると、幼い頃の蘭玉だと思われる肖像画が出てきた。

(横に描かれている女性は……)

 絵画を裏返すと、そこには名前が書いてあった。

――燦紫さんし公主と蘭玉太子。

 とても似ている。

燦紫さんし公主が蘭玉の本当の母親か。じゃぁ、父親は……)

 あまり一つのところに長居すると危険だ。

 琰耀えんようは建物から出ると、別の家へと入って行った。

(……ここも燦紫さんし公主と蘭玉の肖像画しかない)

 父親を知られると何か都合が悪いのだろうか。

 そう思った瞬間、全身から汗が噴き出すような、嫌な考えがよぎった。

(都合が悪いんじゃない。それが切り札なのだとしたら?)

 しかし、証拠がない。

 琰耀えんようは侵入を繰り返した。

(何も見つからない……)

 すやすやと眠る住人達。

 彼らが来ている服には、弥蛍伝統の文様が刺繍されている。

 どこにも、蘭玉の父親の証拠はなかった。

 琰耀えんようが外へ出ると、夜空で何かが瞬いた。

(……あ)

 わずかな風を纏い、飛び立つ。

 夜空で待っていたのは琰櫻えんおうだった。

 琰耀えんようは陽炎の術を解くと、琰櫻えんおうと向き合った。

「義兄上、どうしてここが……」

 琰櫻えんおうは仮面を上にずらすと、困ったように微笑んだ。

「蘭玉の母親がわかったんだな」

「そうです……。どうしたんですか?」

 琰櫻えんおうは一枚の折りたたまれた紙を琰耀えんように差し出した。

「これはおう氏に仕えていた医師くすしが、自身の身を護るために持っていた出生証明の写しだ。どういうわけか、銀鉤教の趕屍匠かんししょうが持っていた。彼らも自身を護るためにこの紙切れを人質にしたんだろうな」

 琰耀えんようが中を開くと、そこには、予想を裏付ける証拠が記されていた。

――子、おう 蘭玉。母親、けい 燦紫さんし。父親、かく 欒耀らんよう

「私の実の父親にして、先代の祥国皇帝だ」

 琰櫻えんおうの悲しい瞳が、星の瞬きに揺れた。

「じゃぁ……、蘭玉は……」

「皇帝を僵尸きょうしにしてまで生きながらえさせていたのは、自身を息子だと認めさせ、皇位につくためだったのかもな。でも、その夢は我が伯父である禁軍元大統領の手よって絶たれた。だから、自身の息子である景耀を皇位につけようとしているのだろう。奴は公表するつもりなのだ。皇族の血が流れている、と。そして、景耀がなんらかの事故か病で死ねば……」

「蘭玉が皇帝になる……」

「ああ、そうだ」

 蘭玉は、殺すために、子供を作ったのか。

 自身の父親の、妻を奪ってまで。

「兄上が危ない。このままでは、確実に殺されてしまう。金苑も、無事では済まないだろう」

「そんな……」

 琰櫻えんおうは動揺している琰耀えんようの肩を掴んだ。

「しっかりしろ、琰耀えんよう玲耀れいよう兄上を護れるのはお前だけだ」

「で、でも」

「わたしは人間だが、それでも太子として龍神族の掟に従わねばならん。ただでさえ、最近、義父上……、つまりは王からの監視が厳しくなっている。今日もここに来るまでに何度護衛を巻いたことか……」

「お、掟ってなんですか?」

「基本的に、神族は人間の争いごとに首を突っ込んではいけないんだ。力が強すぎるからな」

「でも、猿神族のみなさんは……」

「猿神族は孫悟空そんごくう様のときに三蔵法師様との強い縁ができている。ほかの神族も、時代が変わるごとに掟を緩和させ、人間との交わりを始めているとは聞くが……。あまりうまくいっていないのが現状だ」

「それはどうして……」

「人間の女性の卵子では神族の種を孵化させることが難しく、かといって、人間の男の種は神族の女性には少し力が足りない。簡単に言えば、子が出来にくいのだ。たしか、葦原国に住む蛇神だしん族は巫女を迎え入れていると聞いたことがある。最初は『生贄』だと騒がれたらしいが、今では良好な関係だとか」

「だから龍神族は〈取り替え子〉の儀式をしているんですね」

「そうだ。わたしと琰耀えんようは互いに魂と力の一部を分け合っているという感じだな」

「おお……。だから義兄上は仮面で龍神族の力が使えるのですね」

「その通り。ただの人間ではこうはいかないだろうな」

 琰耀えんようは、ずっと聞いてみたかったことを思い切って琰櫻えんおうに尋ねることにした。

「あの、義兄上がこうして祥国皇帝家について調べているのは、やはり、淑妃様のためなのですか?」

 琰櫻えんおうの瞳が切なさに揺れた。

「……ああ、そうだ。だから義父上は目を瞑ってくれている。しかし、それもそろそろ終わりだろう。わたしは人間の前に現れすぎてしまった。しばらく龍王谷を出してもらえないかもしれないな」

「え、じゃぁ……。会えなくなってしまうのですか?」

琰耀えんようが来てくれるのなら歓迎する。まぁ、その、あれだ。国父の許可が出ればだが……」

「ううん、相談してみます」

「そうしてくれ。わたしとて、琰耀えんように会えなくなるのは嫌だ。せっかく会えたというのに」

「はい。わたしも、この縁を大事にしたいです」

「ありがとう。では、先に帰るとするよ。でないと、護衛たちが飛んできてしまう」

「ふふ。では、また」

「ああ、またな」

 琰櫻えんおうは再び仮面を被ると、空高く飛び上がり、そのまま姿を消して彼方へと飛んで行ってしまった。

 朱い髪の煌めきが、まるで残り香のように琰耀えんようの心で輝いた。

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