第弐拾肆集:醴泉
「どこに行っていたんだ?」
ここは早朝の皇宮。
目の前には国父であり、義兄でもある皇帝が、息がかかるほどの距離に近づいてきている。
「ちょ、ちょっと、その……」
「正直に話せ」
昨日、朝方に屋敷へと帰ってきた
それだけならばよかったものの、李は
そして本日呼び出され、今に至るというわけだ。
「……猿神族に仕事を依頼されて、手伝って来たんだ」
「……え、猿神族だと⁉ あ、あの、
「そうだよ」
「わ、わあ……。それはすごい……。な、ならば仕方ないな。うん。孫悟空の子孫の皆様方ということだろう? それは力にならないといけないよな。うん。わぁ、すごい……」
「義兄上は西遊記がお好きなんですね」
「大好きだ! それはもう! 子供のころに何度も何度も読んだぞ!」
「私はすでに皇太子だったから、大冒険に出ることなど望めないとわかっていた。だからこそ、孫悟空、沙悟浄、猪八戒、三蔵法師の冒険譚はとても心に響いたんだ……。ああ、なんだかまた読みたくなってきた。よし、書庫に行って探してこよう」
「ふふ。じゃぁ、今度また猿神族のみなさんに会ったら、孫悟空について聞いておくね」
「是非! くうう……。秘匿されし神族でなければ、皇宮に招き、手厚くもてなさせていただいたというのに……」
「まぁ、そこは仕方ないね」
「呼び出してすまなかったな。李氏があんまりにも長文の手紙を寄こすものだから」
「……李さんを雇ったのは義兄上と
「うっ……。まさかあそこまで過保護で厳しいとは思わなかったんだ。許してくれ」
義兄の困り顔に小さく噴き出すと、
「いいよ。李さん、とっても善い人だし。ご飯美味しいし」
「それはよかった。では、今日は直接依頼の文を渡そう」
「はあい」
「これは?」
「
「え……。でも、なんで?」
「この文様が刺繍された、古びた袋に入っていたらしい」
見せてもらった紙には、
「でも、どうして蘭玉が……」
「わからない。でも調べる価値はありそうだろ?」
「……たしかに。行ってくる。地図の場所に」
「頼んだ」
皇宮を出て、そのまま姿を消して路地から空へと飛び立った。
「村の名前は……、
「なんだっけ……」
頭の中で
「
鳳凰は伝説上の生き物だとされる霊鳥で、その存在はまさに
身体は五色に輝き、素晴らしい為政者のもとへ飛来すると考えられている。
棲み処には諸説あり、最も有名なのは
人々が「鳳凰」と言われて最初に頭に浮かべる姿は、主に金色か赤色が多い。
西洋諸国では、
「いったい、
蛍は流れが穏やかな美しい水質の川辺に主に生息する昆虫。
「この地図は、生き残った弥蛍族の集落までを示しているってことなの……? でも、どうしてそれを蘭玉が?」
地図の縮尺が正しければ、十時間で到着する。
明るかった太陽は次第に傾きはじめ、白い月が目立つ頃には地平線の彼方へと沈み、星々が輝く夜がやってきた。
(すっかり遅くなっちゃったな)
時刻は二十一時を回ったところ。
眼下に広がる醴泉村は静まり返っている。
周囲は深い森と岩壁に囲まれた盆地。
人間では偶然にもたどり着くことは難しいだろう。
(天然の要塞みたいだ)
見張りの
(……まさか、住民全員が戦闘員なのかな?)
その時、身体の左側を矢が飛んでいった。
(気づかれた……?)
矢が来た方向を見ると、たくさんの枝が連なる木の中に、二人の人間が見えた。
ただ、二発目は飛んでこない。
慎重に近づいて行く。
「不自然な風が吹いている」
二人の会話が聞こえる距離まで来た
「お前は心配し過ぎだ」
「でも、蘭……、
「そうだが……」
身体は熱いのに、手が冷えていく。
「まあいい。俺の勘違いだ。少し、敏感になっているようだ」
「少し休んで来い。交代の奴を呼べ」
「わかった」
「
少し眠たかった頭が完全に覚醒し、止められないほどの速さで回転していく。
(もし、
生まれた男児は種を疑われることなく長子となる。
例えそれが妾の子でも、男児で長子は魅力的だ。
その後、正妻が男児を産めなかったとしたら、
「蘭玉は、弥蛍族の正統な血筋に生まれてきた
自身を「太子」と呼ばせているのは、おそらく、まだその時ではないということなのだろう。
「景耀が蘭玉と太皇后の子だとすると、景耀は……、弥蛍族を復活させる最大の鍵ってことになる……」
「蘭玉は謀反を起すつもり……? 弥蛍一族を亡ぼした祥国を侵略し、あたらしく弥蛍の国として復興させようとしているってことなのかも……」
その証拠は、きっとこの醴泉にある。
そう確信した
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