第弐拾壱集:雨
降りしきる雨の中、
鉱山から遺体と共に徒歩で都へと帰ってくる
「普段ここまで険しい山には来ない
「ああ……。一種の結界かな?」
待った、と言っても、ものの数秒。
木の上や土の中から十人の男女が現れた。
「何者だ」
「
「え、猿神様のご依頼! まさか、あなたが龍神族の
「あ、いえ。わたしは……」
一瞬名乗ることを躊躇した。
そんな
「ご安心ください、龍神様。我らはもとより平地の民とは特産品のやり取りしかありません。会話も必要最低限。あなた様のことが平地の民に漏れることはないでしょう。必要ならば、一族に緘口令を敷くこともできます」
「あ、すみません……。そこまでしていただかなくても大丈夫です。わたしの名前は
「
「よろしくお願いいたします。では、さっそく墓地へと案内いただけますでしょうか」
「もちろんです」
そう言うと、
一呼吸も経たないうちに、九人の男女は再び持ち場へと戻り、今度は少し装束が違う男女が現れた。
「この二人は
「ご丁寧にありがとうございます」
「え、あの」
「龍神様に頭を下げさせるなど、申し訳ありません!」
「あ、違います! えっと……」
「えええ! 人間界でお育ちになられたのですか⁉ それも、江湖で⁉」
「はい。なので、その、所作と言いますか、そういったものは人間のみなさんとのほうが近いのです。もし不用意に気を遣わせてしまったのならば、申し訳ありません」
「い、いえ! そんな……。驚きました。ですが、その、嬉しいです。こうして同じ目線でお話してくださる
「わたしもそう思っていただけて嬉しいです」
「では、案内を始めさせていただきます」
「墓守には代々、耳が聞こえない者が就きます。死者は度々自分たちの世界へ生者を誘おうと甘言を囁きます。それから身を守るには、『聞こえない』ことが一番なのです。ただ、その伝統を利用され、墓荒らしにあってしまったのは、まことに残念でなりません」
銀鉤教の
だから大胆にも複数回にわたって墓荒らしに出向いてきたのだ。
「いったい、何が目的なのでしょうか……」
怒りを抑えるように眉根を寄せながら話す
「荒らされたお墓に眠っていたご遺体は、その、言い方が難しいのですが、亡くなってすぐのご遺体だったのでしょうか」
「それが、違うのです」
「え! てっきり、
「我らも初めはそう思いました。ですが、墓守の記録簿と荒らされた墓を照らし合わせたところ、盗まれた遺体は死後五年以上経っているものばかりだと、今日わかったのです」
「そうなんですね……」
土葬した遺体が白骨化までにかかる時間はおよそ七年から八年。
死後五年の遺体であれば、まだ若干肉が残っているだろうが、修復して
「何が目的なんだろう……」
においに集中してみても、雨で膨れた土の香りしかしてこない。
「
洞窟を丁寧に削り出し、装飾を彫り込んだ美しい廟。
ただ、残念なのは、扉が壊されているということ。
「これは
墓守二人について行き、中へと入って行くと、鼻と目を刺激する腐敗臭が漂って来た。
胃から何かがこみ上げて来そうになったが、
「これはひどいですね……」
「副葬品はそのまま……。本当にご遺体だけが奪われているのですね」
「そうです。ちょうど五年前に亡くなった我が兄と、六年前に亡くなった伯父と伯母の遺体が盗まれてしまったのです」
あたりには石棺が破壊された破片が散らばっている。
副葬品には手を付けなかったようで、宝石類や武具が無造作に地面に落ちている。
「
「ご案内いたします」
その後訪れた墓地も、掘り返され、ひどい状態だった。
目当ての遺体ではなかったのだろう。掘り返されたまま地面に放置されているものまである。
「現場は拝見いたしました。どうぞ、埋め直してさしあげてください」
「ありがとうございます」
「わたしはこのまま
「本当ならば、この手で一族の無念を晴らさなければならぬのに……。ありがとうございます。このご恩は末代に至るまで語り継がれ、忘れることはないでしょう」
「……幸い、新たに殺害された人はいません。このような悲しい事件は良い意味で風化されるべきです。どうか、心安らかに、日常を取り戻してください」
「うう……。
おそらく「賊に手出しするな」と鶴渓から指示があったのだろう。
霊能力すらない人間が立ち向かってどうにかなるような相手ではない。
「では、行ってまいります」
風が冷たい。
雨脚も、さらに強くなってきた。
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