第拾玖集:叱咤
朝堂にて、次々に名前が呼ばれていく。
この度の長海における襲撃に際し、見事に街を護り抜いた浩然をはじめとする海軍を賞して
爵位の引き上げや宝物、新たな領地の授与など、大々的に。
江湖勢力と
もちろん、
たくさんの歓声の中、穏やかに終えた
ただ、
場所は変わって後宮。
雨も降っていないのに雨戸まで閉められた
その中で始まったのは、大きな雷鳴の轟きだった。
しかも、二つも。
「何を考えているんだ!」
「死んでいたかもしれないんだぞ⁉ 私に報告もせずに賊に潜入し、露見して戦い、さらには江湖勢力を呼び寄せるなど……。はぁ……」
言いたいことが山ほどあるのか、
それどころか、ずっと貴太妃と視線を合わせ、無言の攻防を続けている。
正直、
ついには貴太妃が根負けしたようで、溜息の後、口を開いた。
「街と市民、海軍を護ったのは称賛に値するでしょう。ただ、いくら時間が惜しかったとはいえ、陛下に何も伝えずに色々進めてしまうのには頷けません。それでは、陛下があなたたちを護れないでしょう? わかっているのですか?」
「……すみません、
「次からは事前に報告します」
「次⁉ 莅春、お前はもう母親なのだぞ⁉」
「あら、義兄上。雛菊隊を指揮する貴太妃もそうですが?」
「なっ……。はぁ……。貴太妃母上、親子でそっくりですね」
「あら、
「も、もちろんです」
もう
「で、二人はいつ私に
莅春はまるで立場が逆転したかのように尋ねた。
「それは……」
貴太妃はまた溜息をつき、莅春と
「ちゃんと話す気はありましたよ。ただ、時期ではないと思っていただけです。まぁ、あなたにはそんなこと関係なかったようですけれど」
「叔父上もお気づきでしたよ」
「梓宸は時間の問題だと思っていました。賢い子ですからね。きっと何年も前から知っていたのでしょうね。それに、この中原では父上を除いて唯一、
何か火花のようなものが見える気がする、と、
「莅春、あなたはわかっていて、知ることを選んだのですよね」
貴太妃の言葉に、莅春はまっすぐとした瞳で頷いた。
「私も戦う。母上のようにね」
「まったく……。充分一緒に戦ってきてくれたから、穏やかに暮らしてほしかったのに」
「あら、穏やかって皇族とは無縁よね」
「ふふ。それもそうね」
二人は立ち上がり、ぎゅっと抱き合った。
すると、
「この二人は仲が良い方がいいな。じゃないと、国が滅ぶ」
「そうですね、義兄上」
☆
「銀仮面の男、だと?」
蘭玉は妓楼の奥にある隠し部屋にて、配下の者から報告を受けながら眉根を寄せた。
「海賊は皆縛られていたようで、不運なことに商船の爆発で生じた波によって洞窟が水没。全員溺死しておりました」
「では、誰が海賊を一網打尽にしたのかはわからないんだな? それに、林家を救った銀仮面の男のことも!」
蘭玉は机を蹴り飛ばし、あたりには食器が散乱した。
「くそっ! ……見られてはいないのだろうなぁ、〈同志の証〉は」
「……お、おそらくは。やられてしまった仲間の背にはすべて火をつけてから逃走しましたので……」
「はっ。敗走の間違いだろうが」
「も、申し訳ありません……」
「林家に現れた江湖勢力にあの
「それも、確信はありません。
「そんな不確かな情報、何の役にもたたんわ!
蘭玉は飾ってあった剣を手に取ると、鞘から引き抜き、配下の男の
「うっ……」
「これで済んでよかったと思え」
「も、もうしわけありません」
男は額からポタポタと流れ落ちる血を床に擦り付けながら平伏した。
蘭玉は「床を汚すな、馬鹿者」と罵り、椅子に腰かけた。
「
林家と江湖のつながりと言えば、
しかし、その莅春には、江湖勢力を動かすほどの権力などない。
なんせ、ただの
ただ、貴太妃ならば話は変わってくる。
貴太妃は梅家の長子であり、
簡単に呼び寄せることは可能だろう。
ところが、内偵からの報告によれば、長海襲撃当日、貴太妃は朝から後宮を一歩も出ていない。
貴太妃の侍女も、仲の良い宮女も、侍従も、太監さえも。
江湖に連絡などできる隙は髪の毛一本ほどもなかったのだ。
「となると、怪しいのは
蘭玉は自身の腰に触れながら、右手の爪を噛んだ。
「……ふっ。爪を噛むなど、何十年ぶりだろうか」
ギザギザになった指先を見ながら、自嘲した。
「私の、我が一族の邪魔をする者は絶対に許さんぞ……」
蘭玉は口元をゆがめ、邪悪な笑みを浮かべた。
その表情を見て、配下の男が冷や汗を流すほどに。
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