第拾捌集:炎上
(だよね)
小一時間外出していた頭領が隠れ家へと帰ってきた途端、空気が変わった。
「お前、
「なぜそう思うの?」
「とある筋から高貴な身分の青年の絵が送られてきてな……。そいつも今回の標的らしい。……お前だ、
洞窟の壁面が震えるほどの怒気がこもった声。
「
「ふざけるな! あと、あともう少しで抱えきれないほどの大金が入るのに……。殺してやる!」
「林家も、長海も、あなたたちには渡しませんよ」
二十人以上の海賊が襲い掛かってきたのだ。
「ぐはぁっ」
「うっ」
短い悲鳴を残し、二十人以上の海賊たちはバタバタと倒れていった。
すばやく腕と足を縛り、全員を繋いだ。
頭領含め、全員の服をめくって確認した。
「……腰に
指先が冷えていく。
看守の中にすでに敵が潜んでいたとしたら?
抜け道を見つけたことがすでに蘭玉に知らされていたら?
「海賊は、陽動の為の駒ってこと⁉ 別動隊がいるんだ……。そっちが実行部隊で……。
陽がすっかりと落ちた暗闇の中、煌々と光を放つものが見えた。
「あ……、そ、そんな!」
空気に交じる炎と灰のにおい。
港は火の海だった。
「……
そして、誕生日に
「本当に必要になるなんてね」
それは銀と竜骨で作られた仮面だった。
「今、助けに行きます!」
港では、いくつかの貿易船に火がつけられ、大勢の人々が消火活動に当たっていた。
それは長海を護る海軍も例外ではなく、林家の方角の警備が薄くなるほどの人出だった。
「……いた!」
宵闇に紛れ、黒い装束で林家に迫る一団。
「止まれ!」
吹き飛んでいく刺客たち。
しかし、とっさに受け身を取ったようだ。
すぐに立ち上がり、武器を構えて向かって来た。
「蘭玉の指示だな」
わずか、瞬きほどの沈黙。
しかし、
間髪入れず矢が飛んできた。
木の上にも潜んでいるようだ。
すぐに飛び降りると、落下の力を使って下にいた刺客の肩と背を斜めに斬り伏せた。
「な、何者だ!」
刺客の中の一人が声を上げる。
しかし、
喉を切り裂き、二度と話すことが出来ないようにしてやった。
一通り片が付いた時だった。
林家の方角から、火の手が上がった。
「嫌だ……、そんな!」
鼓動が痛い。焦る気持ちが余計に心を引き裂いていく。
すると、現場は想像していたものとはまったくちがっていた。
「あ、あれは……、まさか、義姉上⁉ それに、あれは……、叔父上!」
刺客たちと戦っていたのは江湖の勢力だった。
燃えているのは、刺客たちが持ってきていた侵入道具だった。
「あ、あの……」
莅春は剣を構えながら布の下で微笑むと、「やっぱりね」と笑った。
「あとで全部説明してあげるし、一緒に母上に怒られてあげるから、今は戦うのよ」
「は、はい!」
林家の屋根の上では、浩然が護衛たちと矢を撃ちながら作戦を配している。
きっと江湖の猛者たちと共闘するのは初めてだろうに、その指示は的確だった。
刺客たちは、こんなにも抵抗を受けるはずではなかったようで、顔を隠している布の上からでもわかるほど動揺し始めていた。
そこをさらに突いて行くように、
叔父が現役で強いことにも驚いたが、
(あ、義姉上ってこんなに強かったの⁉ まさかの二刀流だし……)
まるで
力の弱さを補うその技術は、確実に敵の腱を切り取り、行動を不能にしている。
(か、かっこいい!)
剣に炎珠の炎を纏わせ、灼熱の剣舞で攻撃した。
二時間も経つと、まだ立てる刺客たちは視線を交わし合い、方々へと逃げ出していった。
「莅春!」
屋根から滑り落ちるような勢いで浩然が駆け寄ってきた。
「ね? 私、強いでしょう?」
「まったく! もう! ……でも、最高の妻だよ」
「私と結婚できてよかったわね」
「ため息が出るくらい、その通りだ。じゃぁ、私は港の様子を見て来るよ」
「ええ。気を付けてね」
「で、どうなの? 私の疑問を解消してくれるのかしら?」
「あー……」
「莅春、それくらいにしてやりなさい」
「叔父上! まったく、本当に甘いんだから」
「えっ……」
「大丈夫だ。何も知らないよ」
「すみません。ありがとうございます」
「ふふ。いつかあの頑固な姉が話してくれるのを待つことにするよ。驚くふりは得意なんだ」
優しく頭を撫でてくれる
「あら、叔父上。私は母を問い詰めますよ」
「えっ。本当に、よく似た親子だなぁ」
「当然です」
どうやら、莅春を止めることは不可能なようだ。
「うわあ!」
「きゃっ!」
そして林家の一番奥にある建物の屋根の上におろすと、仮面を取った。
「お二人とも、正解です」
すると、莅春が涙を流しながら抱きしめてきた。
「
たくさんの切り傷に打撲のような痕。
幼い頃から幾度となく遊んでもらい、覚えている
「うん……」
「
慈しみにあふれた瞳に映る、力強い愛情。
「はい……」
声が上手く出せない。
代わりに出るのは涙だけ。
これで、愛する人をまた二人、危険にさらすことになってしまう。
それでも、今目の前にいる二人は、戦うことを選んでくれた。
そっと、心の中で。
(今日という日に誓う)
優しい雨が降り始めた。
(時期が来たら、
当時の太医が残した出生証明書は残っている。
髪の色も目の色も、淑妃と同じ。
先帝の実子だと証明できるはずだ。
(親王の地位も、霓王の号も、何も惜しくはない。大切な人たちを護れるのなら)
それに、と、莅春から身体を離し、二人の笑顔を見ながら誓った。
(太皇后と宰相の企みを、全部潰してやる。必ず、この手で)
「ほら、風邪ひいちゃうから家に入りましょ。叔父上も、江湖のみんなも一緒に」と、莅春は嬉しそうに微笑んだ。
「空を飛ぶときは一言頼む。胃がもにょもにょする……」
「ふふ。すみません、叔父上」
「まぁ、楽しかったけどな」
「私も、楽しかったわ」
笑顔で歩いて行く二人の背に、
(例え、自分の居場所を失おうとも、世界を敵に回しても、護り抜く。この両手が、幾重に血に染まろうとも)
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