第拾弐集:誕生日

 未明まで降っていた雨が上がり、空は快晴。

 大きな虹がかかり、今日という素晴らしい日を暗示しているようだった。

「ついに来た……。誕生日ぃ……」

 正装に着替えさせられ、馬車で街へ向かうと、大勢の人々に歓迎された。

「霓王殿下! おめでとうございます!」

「おめでとうございます、殿下!」

 こんなにも歓迎を受けているのは、何も誕生日だからという理由だけではない。

(た、食べ物の影響力ってすごいんだなぁ……)

 琰耀えんようからの玲耀れいようへのお願いとして、誕生日の贈り物を減らして、その分を食料に変えて国民に配ってほしいと頼んだのだ。

 玲耀れいようは「贈り物を減らさなくても、国民に食事を下賜げしすることは出来るんだぞ」と言ってくれたのだが、それでは意味がないと、琰耀えんようが進言したのだ。

 「義兄上がかけてくれるわたしへの愛情を、国民のみなさんと分かち合いたいんだ」と。

 玲耀れいようは瞳を潤ませながら、「お前は本当に最高の義弟だよ。血が繋がっていないのが悔しくてたまらないくらいだ」と、承諾してくれた。

「皇帝陛下万歳! 霓王殿下万歳!」

 街中がお祭り騒ぎだ。

 ただ、これから行く場所に、二人、いや、三人、不機嫌な人物がいる。

(宰相と太皇后は仕方ないとして、景耀けいようは嫌なら参加しなきゃいいのに)

 まさかのまさか、三日前、景耀から参加するとの連絡が来たのだ。

 それも、わざわざ玲耀れいよう琰耀えんよう二人にそれぞれ書簡を送ってきた。

(何か企んでるのかな……)

 琰耀えんようは少しの不安を覚えながら、馬車に揺られ、皇宮へ向かっていた。

「殿下、おはようございます」

「あ、えい殿」

 皇宮の門へ着くと、禁軍が勢ぞろいで待っていた。

「大統領は宴席へ参加いたしますので、私が中までご案内しますね」

「太監は皆さんいないんですか?」

「それはもう大忙しで……。ふふ」

 睿は心底楽しそうに微笑むと、馬車から降りた琰耀えんようを先導した。

 まず連れていかれたのは、歴代皇帝の祖霊を祀っている廟。

 静謐な空気感に、お線香の香りが漂う。

 ここで、産まれてきたこと、現在まで生きてこられたことを感謝し、祈祷をささげるのだ。

 廟へ行くと、朗らかに微笑んでいる玲耀れいようと、無表情の景耀が待っていた。

「お待たせいたしました」

「いやいや。ちょうどだよ」

 玲耀れいよう琰耀えんようを見て嬉しそうに笑った。

 それもそのはず。

 今琰耀えんようが着ている正装は、玲耀れいようからの贈り物の一つだからだ。

「他の兄弟きょうだいたちは来賓の相手をしている」

 まさか景耀が話しかけてくるとは思わず、琰耀えんようは驚いた。

「そ、そうなのですね。あとでお礼を申し上げなければ」

「そうしろ」

 相変わらずぶっきらぼうだが、今日は心なしか優しさを感じる。

(気味悪いな……)

 少し居心地の悪さを感じつつ、祈祷は滞りなく行われた。

「じゃぁ、皆のところへ行こうか」

「はい、陛下」

 禁軍の兵士たちに護衛されながら、宴が行われる菫麗とうれい殿へと向かう三人。

 ちらりと景耀を見るが、心ここにあらずといった感じで歩いている。

 何かあったのだろうか。

「……なんだよ」

「あ、す、すみません景耀義兄上。なんだか悩んでいるように見えたので……」

「お前が私のことを気にするなど、気持ちが悪い。即刻辞めろ。誕生日で浮かれておかしくなったのか」

「あ、いえ……。すみません」

 少し前を歩いている玲耀れいようには聞こえていないようだ。

 聞かれていたら「このようなき日に喧嘩などやめなさい」と注意されていただろう。

 その後は黙って長く広い階段を上り、豪華な殿が立ち並ぶ区画を通り、やっとたどり着いた。

 時間にして数分だったが、景耀との間に流れる気まずさで、一時間にも感じていた琰耀えんよう

 ただ、その疲れも、目の前に用意された光景ですぐに吹き飛ぶことになった。

「わあ……」

 入口から室内、中庭に至るまで季節の花々で彩られ、贅を凝らした料理が湯気を上げて琰耀えんようを待っていたのだ。

 控えの間に並ぶ贈り物の数々はどれも一級品。

 今日の為だけに用意されたすべての色彩が、琰耀えんようの新しい一年を祝っている。

「陛下……」

「今日は義兄上でいいんだよ。無礼講というやつだ」

「あ、ありがとうございます! 義兄上!」

「喜んでもらえて嬉しいよ」

 三人は五十人以上の来賓に迎え入れられながら席に着いた。

 まず、琰耀えんようは部屋の中心に用意された座布団に座り、国父である玲耀れいように深く頭を下げた。

玲耀れいよう義兄上、このような場を設けていただき、身に余る光栄です。御礼申し上げます」

「今日は存分に楽しむと良い、琰耀えんよう。誕生日おめでとう」

 次に、国母である皇后の代理、太皇后に頭を下げた。

 何か嫌なことでも言われるかと思ったが、ただ「お誕生日、おめでとう琰耀えんよう。貴太妃にもご挨拶なさい」と、むしろ養母ははに挨拶することを許可された。

 そのまま貴太妃に向け、「今日というこの日を迎えられたのは、養母はは上が育ててくださったおかげです。どのような言葉も、感謝を伝えるには足りないほどです」と口にした瞬間、目が合い、涙が流れた。

 貴太妃は「立派に育ってくれたことに感謝しています。よく頑張りましたね、琰耀えんよう」と、瞳を潤ませながら微笑んでくれた。

 そして、玲耀れいようの一声で宴会が始まった。

 琰耀えんようが席に着いた瞬間から食事が次々に運ばれ、出席者たちが飲み物を注ぎに来た。

 今回、琰耀えんようは演舞を披露することになっているので、酒は出さないようにと料理番や給仕に伝えられている。

「霓王殿下、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとうございます、ばん大統領」

 ばん せいは皇宮守護の要、禁軍を率いる大統領だ。

 濃紺の深衣でも隠せない屈強な体躯と、所作からにじみ出る洗練された武術の腕前は、多くの武人から尊敬を集めている。

「いつもおいえいがお世話になっております」

「こちらこそ、睿殿にはとても良くしていただいております」

「なんと。もったいなきお言葉。今度、禁軍の練兵を見にいらっしゃいませんか? ご指導いただけましたら嬉しいのですが」

「もちろんです。わたしのほうこそ、学びに行かせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします」

 このあとも多くの来賓者に話しかけられ、和やかな時間を過ごした琰耀えんよう

 時間が経つごとに、心配していたことも杞憂だったのかと思い始めていた。

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