第拾壱集:虹
「やっぱりかぁ」
あれから一週間経ち、密猟者とその取引先である吏部尚書の息子に沙汰が下ったという報告書が届いたのだ。
償うのは吏部尚書とその息子。あとは大勢の密猟者たちや賄賂を受け取っていた官吏たち。
吏部尚書は息子の罪の重さに対して、爵位を二階級下げられ、尚書の地位を剥奪。
息子の方は爵位すらなくなり、流刑。
密猟者たちはそれぞれ担当していた業務によって罪が振り分けられた。
「あの裏帳簿も、景耀の名前は偽名で書かれてたからなぁ。悔しい。悔しすぎる」
ただ、景耀本人はとても荒れているようだ。
一番の資金源を潰されたのだから。
皇宮で太監に怒鳴り散らかしているのが目撃されたという。
「恥ずかしい奴。……でも、密猟集団の首領は見つかってないから、警戒しとかなくっちゃ。景耀と接触されたら困るもん」
そのまま廊下に寝転がろうとしたとき、視線を感じてその方向を見ると、
「あ、えっと……。自室で寝ます……」
「殿下!」
「
駆け寄ると、李から「走らない!」と注意されたので、ゆっくり歩いて近づいた。
「あはははは。殿下は今日も怒られていますね」
「その通りです……」
「いい知らせですよ。殿下の誕生祭が決まりました」
「……え」
「金苑に帰っていらしてから初めての誕生日でしょう? 陛下がどうしてもお祝いしたいそうで。毎年は嫌がるだろうから、今年と来年の成人だけは祝日にするとおっしゃってますよ」
「そ、それはやりすぎでは⁉ しゅ、祝日⁉ なんかこう、一緒に食事するだけでいいのに……」
「ううん、それはどうでしょう。陛下と貴太妃はとてもはりきっておられますよ」
「
「太皇后の入室をやんわり制限するほどに」
「それはまずいのでは⁉」
「まぁ、いいんじゃないですか? 私も霓王殿下をお祝いしたいです」
「えええ……。嬉しいですけど……」
困ったことになった、と
息子や弟として祝われることは嬉しいが、そこに、今回は『親王として』というのが付きまとってくる。
金苑に帰ってきてからもうすぐ二か月が経つとはいえ、親王という扱いに慣れたわけではない。
「何か儀式的なことをしなければならないのでしょうか」
「どうでしょう。ああ……、でも、たしか……。殿下には苦痛かも」
「え、え、なんですか」
「殿下の
「頭を下げなければならないということですね」
嫡母というのは、皇子全員の国としての母親ということになり、それは皇后に他ならない。
しかし、今回は体調をおもんばかり、参加は見送られることになるだろう。
そうすると、礼を尽くさなければならないのは、太皇后ということになる。
「意地でも参加するでしょうね、太皇后様は」
「わたしに恥をかかせようとあの手この手を使ってくると思いますよ。ああ、嫌だなぁ」
「薬でも盛りますか」
「ちょ、睿殿!」
「このお屋敷に我々の敵はいないでしょうから大丈夫ですよ」
「そうですけど……。本当にはっきり言う人ですね」
「本心ですから」
「やんちゃだなぁ」
ただ、
当日の朝、簡単で弱い眠り薬でも盛ってしまえば、参加は出来なくなるだろう。
「まぁ、我々も注意して観察しておきますから。殿下は楽しく過ごしてくださればいいんですよ」
「まさか、禁軍にそんなことさせられませんよ」
「大丈夫です。私と私の隊が個人的に観察するだけですから」
「もう。……でも、ありがとうございます」
「いえいえ。では、陛下からのお手紙をお渡しして帰りますね」
「え、あ、そういえばそうですね」
「助けが欲しいときはいつでも連絡してくださいね」
「はい!」
睿は爽やかな笑顔で帰って行った。
「依頼は何だろうなぁ」
「えっと……、え」
そこにはこう書いてあった。
『食べたいもの三十個と、欲しいもの三十個を書き出し、提出すること』と。
「完全に誕生祭用じゃん……。それぞれ足しても、三十個も思い浮かばないよ」
おそらく、一週間後に控えた誕生日が終わるまでは依頼をしないつもりなのだろう。
「気を使わなくていいのになぁ……。暇だなぁ」
金苑はこの中原の中でも、一国の都市としては最大だ。
薬舗の数も多ければ、入ってくる種類も桁違い。
「色々見て回ろっと」
自宅から金苑の中心街までは歩いて行くと二時間ほど。
飛べば五分もかからない。
「飛んでいこう」
自室に繋がっている外廊下から、李に見つからないように出ると、はるか上空へ飛び上がった。
「門から出ないと怒られちゃうからね」
いつも通り空を飛んでいると、前から赤いキラキラしたものが近づいてきた。
「……あ!
「お、会えると思ってたんだ。もうすぐ誕生日だろ? だから、渡したいものがあって」
「え! ……ってことは、義兄上も誕生日近いんじゃ……」
「今日だ。だから会いに来た」
「ひょえ! な、何か贈り物……」
「いいんだよ。とにかく、
「あ、あ……」
再び耳にした
会ったことも見たこともないが、まぎれもなく、
渡された布の紐をほどくと、中から出てきたのは美しい武器だった。
「
「ああ。義兄上と一緒に一ヶ月かけて選んだんだ。鋼と刀匠、それに装飾につかう宝珠とか。楽しかったぞ。今度は一緒に選ぼう、
「わ、わ……。嬉しいです!」
「とても古い龍の骨が結晶化したものが鋼に練り込まれている。これなら、どんなものだって斬れるし、防げる。身体に気を付けて生活するんだぞ」
「ありがとうございます! わたしも義兄上に贈り物がしたいです」
「喜んでもらえてよかったよ。贈り物は……、そうだなぁ……。じゃぁ、耳につける装飾品がいいかな。気に入っていたものがあったんだが、どこかで落としてしまってね。無くしてしまったんだ」
「わかりました! 素敵なものを選んでおきますね! お誕生日、おめでとうございます!」
「ふふ。ありがとう。じゃぁ、この辺で帰るとするよ。義兄上が嫉妬してしまうからね」
「嫉妬?」
「義兄上も
「なんと……。照れますね」
「お前は太子の中でも一番年下だからなぁ。みんな心配なんだよ」
「他にもたくさんいらっしゃるんですか?」
「
「ふふ。すみません。では、またお会いしましょう」
「ああ。会いに来る。おっと、忘れてた。これもお前に。必要になるだろうから」
「かっこいいなぁ……。それに、会ってみたい。
鞘は全体的に黒い金属で出来ており、上下に金色の金属で装飾が施されている。
はめ込まれている宝玉は、桜の花のような薄桃色をしている。
鞘から剣を引き抜くと、心地の良い音がした。
「お、おおお……」
刀身が燃えるような赤色をしている。
「りゅ、龍の骨って結晶化すると赤くなるのかな……。それとも、そういう種類の龍?」
柄の近くに、文字が彫ってある。
「
本来、『
きっと、淑妃に向けての愛の言葉でもあったのだろう。
『私の美しい虹』と。
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