第玖集:龍
なぜならば、目の前にある大きな檻に入れられていたのは、〈龍〉だったからだ。
さかのぼること五時間前。
「あの商人が首領なのかな。みんな低姿勢で挨拶してるし……。それともまだ上に人がいるのかも」
霧深い山の中、中腹辺り。
突然馬車を止めた商人の一団は、岩肌に向かって何かを唱えた。
すると、岩肌は砂のように朝陽の中へと消え、大きな洞窟が姿を現した。
「あの中に魔術師がいるのか」
魔術師は杖からいくつかの
(結構広いんだな)
下層へ向かって下って行く螺旋状の坂道はある程度舗装されており、馬車でも難なく通れるようになっている。
途中にあるいくつかの門では、仕入れてきた精霊獣を渡していた。
きっと保管所や繁殖場、加工場などがあるのだろう。
すべての荷を下ろした馬車と三人の商人、五人の護衛、そして一人の魔術師は、さらに下層へと向かっていく。
(……声がする。でも、これって……)
檻が見えてきた。
心臓が早鐘のように激しく動いている。
うめき声が聞こえているのは耳ではなく、頭の中。
(どういうこと……、あ!)
五
(……龍だ!)
ところどころはがされた鱗からはその下の皮膚が見えており、どうやらそこに杭のようなものを撃ち込まれ、檻に固定されているようだ。
(ひどい! わたしの仲間になんてことを!)
龍神族の中に生まれてくる無珠の者は、力が使えない代わりに、本来の姿である〈龍〉に変身することが出来る。
「ほら! はやく仲間を呼べ!」
他にも魔術師がいたようだ。
龍に向かって魔法を放ち、「仲間を呼ばねぇなら、
「やめろ!」
後先考える余裕なんてなかった。
一瞬、正体が露見すれば家族に危害が及ぶかもしれないと考えたが、でも、目の前で行われている残虐な行為を黙って見ているなんてできなかった。
「な、なんだ⁉」
「ガキが侵入してきたぞ!」
「門番は何をしてる⁉」
「な……! こいつも龍神族だ! 刃が通らねぇ!」
「龍の血を練り込んで作った剣を使え! 傷つけるにはそれしかない!」
「売り物なのにいいのか⁉」
「仕方ねぇだろ!」
どうやら、彼らは龍神族との戦い方を知っているようだ。
それもそのはず。
そうでなければ龍など捕えられるはずがない。
(その五行珠に美しい黒い髪……。ま、まさか! た、太子様⁉)
頭の中に、声が聞こえた。
(今助けます!)
(お逃げください! 僕はもういいんです。絶対に、何も話しませんから、置いて逃げてください! あなたに何かあれば、
(
(あなた様の兄上であり、次期国王様です!)
そういえば、
(お逃げください、どうか、どうか!)
(嫌です)
(そ、そんな!)
(わたしは龍神族の兄上のことはよく知りませんが、きっと、きっと
(で、でも!)
(痛みで辛いでしょうが、少し待っていてください。すぐに助けます!)
あたりに肉が燃えるにおいが立ち込め始めた。
「か、勝てない!」
「魔術師共も戦えよ!」
「くっ、これだから無才の人間は役に立たないのだ」
三人の魔術師たちが戦いに参加してきた。
「おい、ガキ! 大人しくすれば龍を逃がしてやってもいい。その代わり、お前が……、うああ!」
「あなたたちとの取引には応じません。二人そろってここから出て行かせていただきます」
それに、と、
「あなたたちはわたしのお師匠様より弱くて怖くないですから」
「クソガキがぁあ!」
「あなたたちこそ、首領を差し出せば、怪我無く捕縛して差し上げます」
「なめやがって!」
どうやら、この中に密猟団の頭領はいないらしい。
「逃がしませんよ!」
上の方で怯えた商人たちや加工職人たちが逃げ出そうとしていたので、
「全員、陛下の御前で裁かれると良いでしょう」
一時間が経った頃、魔術師たちは疲弊と流血で動かなくなり、バタバタと地面に倒れていった。
「えっと、鍵は……、あった」
「ああ、太子様! ありがとうございます!」
「なぜわたしが太子だとわかったのですか?」
「そ、それはもう、その、えっと、
言いよどんでいる。
「あの、絶対に誰にも言わないと約束するので……」
龍は困ったように頭を下げると、小さな声で話し始めた。
「実は、
「え! ど、どうやってわたしの姿を……」
龍は困ったように目を伏せながら「こ、これ以上は……。え、
「わ、わかりました……」
「
「そうなんですね。すみません、無理に聞き出そうとしてしまって……。さぁ、そのまま飛んでお帰りください。誰にも見られないうちに」
「はい! このご恩は決して忘れません! 絶対に!」
龍はぐっと身体に力を入れると、鱗が仄かに輝き出し、空へと泳ぐように昇って行った。
「綺麗だなぁ……。あ、感動している場合じゃなかった」
「あの、ここにはどの程度の食料がありますか?」
「え、えっと……、十日分ほどなら……」
「じゃぁ、大丈夫そうですね。祥国のどこかの軍が捕縛しに来るまで、ここで生き延びていてください。では、お先に失礼します」
そのままの勢いで最初に見つけた野営地へ戻ると、密猟者たちを捕まえ、それぞれの天幕の中へと押し込み、十日分ほどの食料を渡して天幕の周りに木の塀をたてた。
「何もせず、おとなしく捕まるのを待っていてくださいね」
これをすべての野営地で行うと、
「軍が来て捕まえて金苑に連れて帰るのに二週間以上かかるはず。その間に、吏部尚書の息子のお店を調べようっと」
仕事はまだ終わっていない。
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