第捌集:野営地

「お、いたいた」

 起きて身支度を整えたあと、すぐに空へと飛び立つと、眼下に怪しい集団を見つけた。

「一、二、三、四……。全部で七人か」

 見張りが二人、指示役が一人、捕獲要員が二人、あとの二人は用心棒といったところだろう。

「煙玉を……、あ、放り込んだ。あれが巣なのだとしたら……、狙いは翡翠兎ひすいうさぎか」

 翡翠兎はその名の通り、目と毛が翡翠色をした精霊種の動物だ。

 目は充分乾燥させて磨き上げると美しい宝石になる。

 毛皮は装飾品や服に使われ、どちらも生体組織から作られていることもあり、魔法や呪術をかけることが可能だ。

 特に精霊種のそれは、普通の動物のものとは比べ物にならないほど、まじないの効きがいい。

 そのため、富裕層から大変重宝されている。

 顧客は金に糸目をつけずに購入してくれる。密猟の被害が後を絶たないのだ。

 吏部りぶ尚書の息子伝いに景耀けいようがこのことに手を出したのも、資金調達が容易いからだろう。

「手荷物が少ないってことは、野営地はそう遠くないはず。探してみよう」

 精霊獣からは骨や血液、肉や内臓もすべて余すことなく採取する。

 生け捕りにするのが普通だ。

 どこかに捕まえた精霊獣を保管しておく檻や、処理して簡単な加工をする作業場があるはずだ。

「……あれかな?」

 霧と木々に馴染むような緑色の大きな天幕テントが三つ、円になるように建っている。

「ご丁寧に葉っぱとか枝もかぶせてある。この霧と森の中じゃ、簡単には見つけられないかもね」

 それを見越してのことなのか、留守番は誰もいないようだ。

 一度も見つかったことが無い故の慢心なのかもしれない。

「一応、姿を消して中に入ってみよう」

 琰耀えんようは陽炎の術を使い、自身を透明化すると、地面へと降り立った。

「……とことん、においを消してある」

 動物を捌くときに出るようなにおいが一切しない。

 おそらく、精霊獣に警戒心を与えないようにしているのだろう。

 人間が住んでいるようなにおいすらあまりしない。

 徹底的に消臭にこだわっているようだ。

 琰耀えんようは周りを見渡した後、一つ目の天幕の中へと入って行った。

「炭の石鹼に炭が入っている水甕みずがめ。炭の粉に……、わお。炭が織り込まれた服もたくさんある」

 生活用の空間らしい。炭が配合された日用品が並んでいる。

「こんなに湿気の多い場所で、よくかびが生えないなぁ……。ん? 天幕の中、そういえば湿気ないかも」

 天井付近に竹で出来た竿が何本も並んでおり、そこに布団や服が干してある。

 乾いているものも多い。

「これのおかげか」

 天幕の隅に、鉢植えがおいてあり、中には特殊な仙人掌サボテンが入っていた。

水包仙人掌すいほうサボテン。通称、吸湿草か。大気中の水分だけで成長する珍しい植物だ。ふうん。密猟者の人達、こういう知識はあるんだ」

 他にも何かないかと、いくつか小型の箪笥のようなものの引出しを開けてみると、数種類の解毒薬が出てきた。

「飲み薬、塗り薬、点眼薬、点鼻薬、点耳薬、吸引具……。嘔吐用の吐根トコン液もある。すぐに医師くすしが呼べない状況でも応急処置ができるようになってるんだ。へぇ。手が込んでる」

 琰耀えんようは一通り見終わると、次の天幕へと入って行った。

「綺麗に洗浄されてるけど、ここだけ、微かに血のにおいがする。作業部屋かな」

 大きな机が三つに、小さな箪笥が三つ。

 引き出しを開けてみると、中には様々な刃物や工具が収められていた。

「よく研がれてる。戦闘用じゃないのは確かだね」

 琰耀えんようは一度外へ出ると、最後の天幕へと入って行った。

「わあ……」

 淡く光る身体や、鋭い針のような髭と爪、息をするたびに火花が散る背中。

「精霊獣だけを狙ってるんだ」

 薬か何かで眠らされているのだろう。たくさんの精霊獣が檻に入れられ、積み重ねられていた。

白姫鹿はっきじかに、翡翠兎、黄針猫おうしねこ火鼠ひねずみまでいる」

 どの精霊獣も、装身具から薬にまで加工できる希少種ばかりだ。

「祥国では一年間に捕獲していい量が決まってるのに……」

 琰耀えんようは檻の中ですやすやと寝息を立てている精霊獣たちを見ながら、ふとあることに気付いた。

雌雄しゆうが揃ってる。それに、めすの中には妊娠しているのも……。もしかして、ここにいるのは全部繁殖用なの⁉」

 密猟者は、捕獲した動物たちをそのまま売買したり、装飾品に加工してから商品にしたりしているのだと思っていた琰耀えんようは、まさか繁殖用に捕ええているなど思ってもいなかった。

「秘密裏に繁殖しているのなら、時間はかかるけど、その方が安定した収入になる。繁殖屋みたいなところがあるのかもしれないな」

 季節は春。ちょうど、多くの動物が発情期に入っている。

「妊娠している個体を捕まえればさらに好都合ってわけか」

 その時、パキンという音が聞こえた。

 誰かが、細い枝でも踏んだのだろう。

 帰ってきたのだ。

 琰耀えんようは急いで檻の後ろへと隠れた。

「誰かいるのかぁ? 薬使ったんならちゃんと在庫数書いとけよな」

 帰ってきたのは一人。

 琰耀えんようについていたわずかな薬草臭がわかるほど、鼻が敏感なようだ。

「……いないのか。まぁ、いい。えっと……、ああ、やっぱり。袋んねぇや」

 どうやら、捕獲用の袋が足らず、戻ってきたらしい。

「補給と交代、それに、商人が来るのは明日の陽の出前だからなぁ……。しかたねぇか。まぁ、目標数は捕獲してるんだし」

 琰耀えんようにとっては朗報だった。

 明日、ここにいる精霊獣たちやその加工品が次の場所へと運ばれる。

 商人について行けば、他の密猟者のところまで行けるかもしれない。

(最終的に、組織の上の人のところまで行けると良いなぁ)

 琰耀えんようは誰もいなくなったのを確認すると、天幕の上に上り、印をつけた。

 龍神族にだけ光って見える、特殊な墨で。

「これで迷わずここに戻ってこられる。もう少し、周囲も確認してみるか」

 琰耀えんようは再び空へと飛び立つと、他に密猟者がいないか探しに出た。

「さっき捕まってた精霊獣の中で、一番行動範囲が広いのは白姫鹿の百ヘクタール。ってことは、他の密猟者がいるとすれば、それよりも外側ってことになる。同じ巣一帯を分かち合うほど、仲が良いわけじゃないだろうし」

 もし同じ組織の仲間だとしても、わざわざ捕獲領域をかぶせるなんて効率の悪いことはしないだろう。

 琰耀えんようは三千メートルごとに円状に周囲を見回ることにした。

 他に四つの野営地を見つけ、そのすべてに印をつけると、琰耀えんようは最初に見つけた野営地へと戻って行った。

 一番高い木に登り、金剛領域へ入ると、商人たちがやってくる時間まで待った。

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