第伍集:出生の秘密
「ここは……。あ!」
見渡すと見慣れた天井に百味箪笥。
枕元には薬と、
「……行かなきゃ!」
門へ着き、門番に皇帝への取次ぎを求めると、「申し訳ありません」と断られてしまった。
諦めきれなかった
兄である
会うことは出来なかった。
それならば、と、行き先を後宮へと変更し、そのまま太監に連れて行ってもらうことにした。
貴太妃の
「
普段後宮ではあまり聞くことの無い大きな声に驚いた侍女たちは、急いで入口へと集まってくると、すぐに「
そんな戸惑う侍女たちの後ろから、高貴な雰囲気を纏って現れた貴太妃は、
「おはいりなさい。
「そ、そうなのですか……。ありがとうございます」
ぎこちないような、どこか張り詰めた雰囲気を感じ取った侍女たちは、そっと控えの部屋へと下がって行った。
「
開口一番に出た言葉だった。
いつもならば礼を尽くし、
「……どこまで知ってしまったの?」
貴太妃は毅然とした態度で
「先帝の亡くなり方や、伯父上がなぜあのような凶行に出たのか、の、
貴太妃は深く息を吸い込み、静かに吐き出した。
「まずは、あなたが無事で本当によかった。そして、十九年間、ずっと隠していて本当にすまなかったわ。義妹との、淑妃との約束だったのよ」
「は、母上との?」
「これから私が話すことを、誤解しないで聞いてちょうだい」
貴太妃は立ち上がり、化粧棚の鏡の奥から、一つの小箱を取り出し、戻ってきた。
再び座ると、その箱を
中には古びた一通の手紙が入っていた。
「淑妃からのよ。来月のあなたの誕生日に渡そうと思っていたの」
「あなたは……」
貴太妃の声が少し遠く聞こえるような、不思議な感覚。
「龍神族との〈取り替え子〉なの」
「と、とりかえ、こ?」
「太皇后と宰相の二人がなぜ先帝を
「ど、どうやって陛下に異変が起きていることを知ったのですか?」
「淑妃の侍女が偶然、見てしまったのよ。宰相の部下たちが、入宮してきたばかりの若い眠らされた宮女を、陛下の寝所に運び入れているのを。不審に思った彼女は、いけないことだとは思いつつも、陛下の寝所を覗いたの……」
貴太妃は口元を袖で覆い、目をぎゅっと瞑り、言った。
「部屋の
「そ、それは、
「侍女は恐怖のあまり、泣きながら淑妃と私に報告したわ。私は貴妃という立場を使って陛下の寝所へ乗り込もうとしたのだけれど、皇后と宰相にのらりくらりと阻まれて無理だった。だから、淑妃の兄で、私にとっても兄のような存在の大統領が『俺が行く』と……」
貴太妃はそっと涙を拭うと、気丈にも話し続けた。
「作戦を決行する前日、義兄上は私の父のつてで、ある場所へ行ったの」
「それが……、
「そこで、義兄上は頼んだの。『妹の子供をかくまっていただけませんでしょうか』と」
手が震える。指先が冷たくなっていく。
「龍王谷側も、それを望んだわ。伝統である、人間の子供と龍神の子供を取り替えて育てる〈取り替え子〉という儀式が必要な時期だったそうよ。二つ返事で契約が決まり、龍神族からは若き王妃の次男が選ばれたの。それが、あなたよ」
話に聞いていた淑妃は髪が赤く、緑がかった黒い瞳をしていたというが、自分は全く違う。
それどころか、腹違いの兄である
「わたしは……、まったく血が繋がっていないのですね……、兄上とも、母上だと思っていた淑妃とも……」
「そんな! 血のつながりなどなんだというのですか! 私を見なさい、
貴太妃に頬を包まれ、
「私はあなたを愛しているわ。
貴太妃は大粒の涙を流しながら、
「……
「あなただって、私の大事な
二人は顔を見合わせると、照れたように微笑んだ。
身体を離し、手を握り合うと、
「わたしが選ばれたということは、わたしはすでに生まれていたということなのでしょうか? 実は二十歳とか」
「ああ、違うのよ。生まれたのは淑妃の子の方が一週間くらい先。龍神族は女性が胎内に宿す子供によって、妊婦の目の色が変わるらしいの。女の子だったら桃色。男の子だったら浅葱色。どちらとも決まっていない場合は黄金色になるそうよ」
「へぇ……。では、その、なんといいますか、産みの母上? の王妃様? は、瞳が浅葱色になっていたから、わたしが男だとわかったのですね」
「そのようね。あなたは龍王谷に行けば、王と王妃の息子だから、当然、
「だからあの時、わたしのことを〈太子様〉と言ったのか……」
「え? 誰かにそう言われたの⁉」
貴太妃は握っていた
「あ、あの、えっと……。実は、
「助けに来てくれた人は、龍神族の戦装束である
一瞬の静寂。
春の陽気に誘われてきた小鳥たちの可愛らしい鳴き声が響き渡り、心地の良い風が吹き抜けた。
「
静けさを吹き飛ばすように、貴太妃は声を出した。
「間違いない! それは
「え、え⁉ つまり、あの青年が……、淑妃の実の息子ということなんですね⁉」
「おそらくは。うん、きっとそうよ。龍王谷側は〈人間〉の王朝のことなど気にしないから、おそらく全部話しているはずよ、
「そういうことだったんですね……」
「あらあら。でも、どうして龍王谷から出て活動しているのかしらね?」
「ううん。実の母親とその兄が亡くなった真相を突き止めるためとか……?」
「……なんだか物語の世界の話みたいね」
「そうですね。推測通りだったとしたらびっくりです。ただ……」
「もう一度お会いしてみたいです。お互いのことを話せたらいいなって思います」
「それは素敵ね。きっとまた会えるわよ」
「ええ。そう願います」
一陣の風が吹いた。
桜の花弁を舞い上げ、まるで踊っているように。
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