【掌編】美しい筋肉の国【1,000字以内】
石矢天
美しい筋肉の国
僕は旅をしている。
世界にある様々な国を、自分の目で見て回るためだ。
「68点!」
「74点!」
「ゴンズの勝ちだ!!」
「よっしゃああああ!!」
ほぼ裸の男性がガッツポーズをして喜んでいる。
広場はまるでお祭りのようだった。
ここで何をしているのか尋ねないようでは、旅をしている意味がない。
僕は早速、近くにいるヒゲの男性に訊いてみた。
「これは、なんのお祭りですか?」
「お祭り? とんでもない! これは神聖な審判ですよ」
「シンパン? 申し訳ありません。この国へ来たばかりなもので、この国のルールがわからないのですが……」
今回は本格的に怒られる前に旅人であることを告げることにした。
ヒゲの男性は、ほぉと少し驚いた顔。
「ああ、旅人さんだったのですね。それは珍しい。この国では住民同士で揉め事が起こったとき、筋肉の美しさによって決着をつけるのですよ」
「筋肉ですか。証拠を持ち寄って議論をするのではダメなのですか?」
「議論だなんて、そんな野蛮なことしませんよ!! 証拠なんていくらでも捏造できますし、議論なんかで決めたら悪知恵が働く方が勝ってしまうじゃありませんか」
なるほど。悪知恵と言われればそうかもしれない。
裁判だ、法律だ、証拠だ、と公平そうに並べてみても、結局は裁判官や裁判員の印象を上手く操作した方が勝つようにできている。
僕は頷き、「それもそうですね」と相槌を打つ。
「ところで、その点数が表示されている機械はなんですか?」
「ああ。これは筋肉の美しさを評価する判定機です。神聖な審判に人間の恣意的な評価など不要ですから」
聞けば、筋肉の質、形、大きさ、バランス、ポージングを機械が計測しているそうだ。これは不正のしようがない。
「なるほど。とても勉強になりました。素晴らしい文化ですね」
僕が頭を下げると、ヒゲの男性は満足そうに去っていった。
その筋骨隆々ではち切れんばかりの背中が小さくなったのを見届けると、僕は足早にその場を離れた。
一刻も早く、この国を出ていかなくてはならない。
この国にいる限り、僕には一切の人権が無い。
もし万が一、この国で誰かと揉め事にでもなったら、確実に負けるからだ。
例え僕の方が正しかったとしても。
僕は自分の貧相な身体を見つめながら、次の国を目指して走っていく。
【了】
【掌編】美しい筋肉の国【1,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya
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