ふらりふらりと
ふとした瞬間にやってきた冒険心が、私の身体を突き動かした。
少し前から私の部屋になっているこの部屋は、元々今は亡き祖母の部屋で、足腰が悪くてもどうにか生活できるようにできている。幼いころの私は、いつの間にか高齢者仕様に改造されていた部屋を見て、むじゃきに興奮していたものだ。周りの変化に敏感だったあのころが、今となっては懐かしい。
そんな部屋の広いドアを、私は車イスに座ったままで開けた。まさかこんなにも早く私がこの部屋の設備を利用することになるとは思わなかったけれど、人生はどう転ぶかわからないというのを、私は若くして悟っていた。
久方ぶりの外は、息が詰まるほど、草と水の匂いがしていた。日々、部屋の隅々まで家族が掃除をしてくれるから、埃の匂いすらろくに感じていなかった。そんな鼻に飛び込んできた植物と雨の匂いは、私を幼かったころにトリップさせるには十分なトリガーとなった。
拝借してきた物干し竿を地面に突き立てて、それを支えにゆっくりと身体を起こす。しばらく車イスに頼りっぱなしだったから、二本足で立つのすら久々だ。意外と重心を保つのが難しくて、一度車イスにお尻をつけた。もう一度、今度は勢いをつけて立ち上がった。私はようやく、どうにか人間らしいと言える体勢になった。
祖父母の家には昔よく遊びに来ていたから、このあたりの地形はだいたいわかる。とは言っても、本当に平らで何もないから、「何もない」とだけ覚えていればそれで済むのだけれど。
あまり車イスから離れすぎないように、ゆっくりと、周辺を歩き回ってみる。雑草がくるぶしに触れて、こそばゆい。濡れた土が足裏にこびりついて、家に戻ったときどうしようかと、今さらながら考える。
雨粒はぬるくてとても細かく、肌に触れてもよくわからない、霧吹きみたいな雨だ。これくらいなら、カゼをひくこともない。むしろ、いろんなもやもやを洗い流してくれるみたいで、もっと濡れていたいと思えるほどだ。
よたよたと、私はその場でステップを踏んだ。不格好なステップだっただろうけれど、どうせ誰の目にも映らないのだから、どうでもよかった。
ひとしきり散歩を終えて、私は車イスを探し始めた。それほど遠くには行っていないはずなのに、案外見つからないものだなと思っていると、遠くの方からよく知った声が聞こえた。私を心配する言葉がかかって、お叱りの言葉が飛んで、心配の言葉がかけられた。その間に声の主は近づいてきていたようだった。父の声だ。
ずいぶんと長い間歩き回っていたようだ。父が帰ってきたということは、もう夜のとばりが下りたということ。私は父ががらがら言わせて引っ張ってきた車イスに座って、さっきの散歩のことについて父に話しながら、家まで車イスを押してもらった。
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