もしものはなし
鏡の向こうに、私が落ちていた。部屋の天井、電灯の横に、「べちゃっ」という効果音が似合いそうな体勢で。
目の前には不思議な光景が広がっている。この部屋の上下をそっくりそのまま入れ替えた部屋が、そこにはあった。下に電灯があって、上に机がある。机に〝乗っている〟ものはぴったりとくっついたように重力に抗っていて、その机そのものも、天井にしっかりとくっついている。
昔見たアニメに、こんな状況を作り出せる道具があった気がする。電話ボックスに入って、常識の改変を求めると、その人以外の常識が求めた通りに変わっているというものだ。昔の私はその設定を少し不思議に思っていたけれど、改めて目の当たりにしてみると、なんだこれだけのことか、と思えた。
世界が急激に作り変えられると、それに着いて行ける人はすいすいと波に乗っていって、乗れない人はこうして、べちゃっと地べたに落とされる。この世界を楽しむには、ある程度はばかでいる必要があるのかもしれない。余計なことを考えると、結果的にその場にとどまることになって、追いつけないくらいまで置いて行かれる。鈍い方が得なこともあるのだ。
天井の私が、少しずつ赤い水たまりを作り始めた。あまり気分が良い光景ではない。それなのに目は逸らさずに、どうしたら助けられるか、ということを考えている。こういうところだ。私が天井に足をつけて生活するのを妨げるのは。
一度、目を閉じた。視界をふさいで、ゆっくり三秒数えた。ぱちりと目を開けると、私と目が合った。鏡はいつも通り、ちょっとおかしな私を映し出していた。
鏡が私たちのいる世界を左右反対にして映し出す、というのは、単なる思い込みに過ぎないのかもしれない。鏡が実は異世界への扉でした、なんて物語もたくさんあるくらいだし、中にまったく別の世界が広がっていても、驚くことではないのかもしれない。そう思っておけば、いつかこっちの世界が反転したとしても、なんとなくで対応できるような気がしていた。
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