派遣された軍隊
午前の日射しが降り注ぐ城の門にバケモノが眉に皺を寄せて立っているところに、魔女がふわりと降りてきた。
「三日目で来るなんて、やっぱり対応が早いわね」
訳知り顔でこの滅びた都へ向かってくる一団を評価した魔女をバケモノは見下ろした。
「オマエも視えているのか?」
「この世界の全てとまではいかないけれど、わたしは目も異端だから」
目の下の涙袋を指差して魔女はバケモノの問い掛けに答える。
魔女とはどういう生物であるのかと言えば、それは『異端である』の一言に尽きる。魂が異端であり、魔女それぞれに体や心の器官が普通とは全く異なる異端な機能や見た目を持つ。
未知の魔女は姿形こそ見目麗しいとも言える若い乙女であるが、器官の機能が異端であるようだ。
「蹴散らしてくる」
魔女とは違い、バケモノは何処へ何しに行くのかを端的に伝えて駆け出そうとした。のだが。
魔女が踵で石の敷き詰められた地面を打ち鳴らすと、バケモノの体を押さえ付ける重さが圧し掛かり、バケモノは堪えきれずに膝を折って動きを阻まれた。
「何をする……」
恨めしそうな視線を魔女に向けるバケモノに、彼の出鼻を挫いた彼女は楽しそうに笑う。
「そんな喧嘩腰で行ってどうするのよ。話もせずに暴力に訴えるなんて野蛮よ」
バケモノが野蛮で何が悪い、と反論したくなったが、また言い負かされる気しかしないので彼は黙って魔女を睨み付ける。
けれども魔女は聞き分けのない子供にそうするように、地面に落とされたバケモノの頭を撫でた。
「わたしが行ってくるわ。大丈夫、何も心配はないから」
「オマエが?」
バケモノの聞き返す声は不安が滲み出ていた。この魔女は自分と対等に渡り合ったという事実よりも、見た目の華奢さの方がバケモノの抱く印象を形作っている。
「ええ、大人しく待っていなさいな」
それでも魔女は常のように誇りを持って堂々とした振る舞いで箒に腰掛け、空を飛ぶ。
バケモノが見送る視線を背中に受けて、魔女は一分も掛からずに都を取り囲む城壁の外、都を一望出来る丘の真上へとやって来た。
そこには武装した人間の集団が布陣している。近隣の大国が抱える軍隊だ。
軍人達は全知のバケモノが住む都市から飛んで来た未知の魔女に向けて警戒の眼差しを突き刺し、中には剣や槍を強く握る兵士もいる。
そんな相手にも臆することなく、魔女は悠然と彼らを見下ろして話すべき相手が出て来るのを待った。
魔女の考え通り、武器に手を掛けている兵士に緊張を解くように声を掛けながら魔女に向かってくる者がいた。他の兵士よりも質のいい服装と剣を身に付ける彼は指揮官で間違いないだろう。
「どうも。全知のバケモノのところに正体不明の人物がやって来たから、状況と目的を探りに来た、と考えているのだけれど当たっているかしら?」
軍の指揮官はこうして派遣された理由を先手を打って言い当てられて、空の上の魔女を睨む。油断のならない相手だと、見るからに気を引き締めている。
魔女は指揮官との間に少しの距離を取って地面に降り立った。
「まずはっきりと言っておくけど、わたしは人類を脅かすつもりはないわよ」
魔女が結論を単刀直入に告げるのは、相手が誰であっても変わらない。
「それを言葉だけでどう信じろというのか」
だが当然、一国の命を背負ってこの場に立つ指揮官はたったの一言で信用を寄せてはくれない。
そんなことは魔女だって分かり切っていたので、そうでしょうねと肩を竦める。
「そちらに魔術師は同行している?」
魔女は相手を威圧しないように質問をしているが、実は魔術師がいるのをもう視て知っている。
別に白を切って貰っても構わなかったのだが、指揮官は近くにいた兵士に耳打ちをして後方へと走らせた。
話が通じる相手で、魔女は楽が出来たと内心で喜ぶ。
指揮官の厳しい眼差しを呑気に受け止めながら、魔女は丘を吹き抜ける風を頬に受けて楽しんでいる。
魔女は耳の奥に響く音を感じて、空を見上げた。風に流されて翼を広げる
そうやって魔女が指揮官の不穏な空気など何処吹く風で自然体で待っていると、ようやく大国で最上位にある魔術師が兵士に道を譲られながらやって来た。
そしてその魔術師は魔女の顔を見てぽかんと口を開けた。
「あーーーーーーーー。未知の魔女だったのかぁ」
魔術師の声と表情に浮かんでいるのはあからさまな諦めだった。
魔女の方へと近付いていく魔術師の前に、指揮官は護衛として足を差し込むが、魔術師に掌を見せられて動きを抑えられていた。
「いつも何処にいるか分からないのにふらっと問題になるような行動するの、止めてくれませんかね?」
魔術師の口調はとても気安いが、その額には冷や汗が浮かんでいた。
魔女はそんな魔術師の心を少しでも安らげて上げたくてにこにこと友好の笑顔を魅せる。
「世界の全部の国にいちいち了解を得るのとか面倒じゃない」
「そういうところですよ」
我が道を行くのを全く悪びれない魔女に、魔術師は頭が痛くなる。
そんな魔術師に追い打ちを掛けるようにして、魔女は懐から一枚の紙を出して手渡した。
紐で閉じられたその紙を魔術師は広げて確認し、そのまま指揮官にも読ませた。
「未知の魔女は、自分及び全知のバケモノに対して攻撃を加えられた場合を除いて、人間及び人間が管理する物全てに対して直接危害を加えることはせず、また全知のバケモノが危害を加えるような働きかけをしない……これは?」
指揮官はその書面に書かれた内容を読み上げて、魔術師に説明を求めて視線を送った。
指揮官は顔に疲れを見せて指揮官の疑問に答える。
「それは世界に対する魔女の誓約書だよ。そこに書かれた内容に背くと呪いが降りかかり署名か拇印をした者を無惨に滅ぼす。魔女にとって絶対に破らない約束をするための書面と思っていい」
これこそが魔女の用意した自分の発言が嘘偽りないという証明だ。
こんなものを出されたら、はい、そうですか、と返すしかない。魔術師が多くの理を解するからこそ、反論の入り込む余地がない。
「これを先に各国に出してくだされば、こうして軍を動かして貴方や全知のバケモノ殿を刺激するような真似をしなかったのですが」
「自分であちこち回って配るより、各国に繋ぎがあるそちらに頼った方が楽出来るでしょ?」
魔女はにこやかに同じ誓約書の束を魔術師に握らせた。
初めから知っていたが、逃げ場がなくて魔術師は乾いた笑いを零す。
「ところで、うちの首相や他国の指導者にも説明しなくてはいけないんで教えてほしいんですけど、何故全知のバケモノ殿の元にいらっしゃるんです?」
「彼はわたしの
魔女の発言に、魔術師は空を仰いだ。
「ずっと探していて、よりにもよってそこかーーーーー」
魔術師はそれはもう嫌そうに声を上げた。
声の限りに息を吐き切って、魔術師は指揮官に顔を向ける。
「軍を引き上げよう」
「……よろしいんですか?」
話に付いていけてない指揮官は魔術師に引き上げていいと言われても素直に頷けなかった。
魔術師は力なく首を振る。
「いいよ。というか、この紙があるだけで人類は現実にある脅威を二つもなくなるんだ。喜びこそすれ反対なんて出来ない。どんなに納得がいかなくてもね」
魔術師の物言いに指揮官は戸惑う。
何度となく国を滅ぼし、恐らくは世界の人類を全滅させるだけの力を持つ全知のバケモノ。
それと同じだけの脅威が目の前の小柄な女性にあると言われたように思えた。
「未知の魔女様は、人類滅ぼすなんて訳ないよ」
「あら、そんなことはしないわよ」
出来ないではなく、しないと宣った魔女に、指揮官は顔を引き攣らせた。
そんな存在が一緒にいるだなんて、絶対に人類に敵対しないと約束されていても恐ろしいと思う心は止められはしなかった。
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