ただ生きるバケモノと愛でる魔女
肉の加工も終えた昼下がりに、魔女は城の高場にある窓から人のいない都を眺めていた。
暫くするとバケモノがそこにやって来て魔女の背中越しに同じように窓の外に目を向ける。
「動きのない街並みを眺めて何か楽しいことがあるのか?」
バケモノにも振り返らずに街を眺めている魔女に対して、バケモノは不思議そうに問いかけた。
「ええ、
「……ひとざかった?」
バケモノが聞き慣れない言葉を鸚鵡返しして、魔女は、ああ、と振り返った。
「そうね、じゃあ今日の分の
魔女の説明を聞いて、バケモノは不満そうに街に並ぶ家を額の目で視る。
「時間を止めているから、住もうと思えばすぐに人は住めるぞ」
「貴方が此処にいてどんな人間がこの都に住もうって思うのよ」
今当に城まで押しかけて住み着いている魔女が自分のことは棚に上げて一般論を語る。
それは正論なのでバケモノもむぅと唸るだけで反論の余地がない。
「人の住んでいたままの姿、中身を保ったまま、人がけして寄り付かないこの街の空虚な様は、逆に純粋な人離る有り様だと思うのよ」
埃一つ積もらずに、台所も寝室も居間も人を迎え入れる仕度は整っている。けれど人の方が決してこの街に、そして家の中に訪れることはない。
それは戸が壊れて入るのを阻まれるだとか、ベッドが荒れて寝るのなら野宿の方がマシだとか、そう言った自然な形での人離る家とは全く違う。けれど見た目が綺麗で整っているからこそ、人が利用していない雰囲気の冷たさが際立つ。
「誰かを住まわせたいのか?」
バケモノは何を思ったのか、そんな見当違いなことを訊いてくる。
魔女は思わず鼻で笑った。
「わたしはこの景色を愛でているって言ったのだけど、わざわざそれを損なってどうするの?」
バケモノは魔女にやり込められて押し黙った。
「貴方は何かを愛でることがない?」
「……ないな」
バケモノにとって世界の全てはただ目の前にあるものだ。全知を蓄えて生きていくのに必要なものは揃えられる。
その中の何かを特別に思うことは、ない。
バケモノに生を脅かすものは排除し、そうでないものには触れない。
ただここに在るだけと言ってしまえばそれまでだが、バケモノなんて呼ばれる者は所詮獣と大差ない生命観だ。それ以上を考えるきっかけはこれまでに一度もなかった。
「生きるのにも余裕があるっていうのに、愛でるものがないなんて退屈ね。趣味とかは?」
「特にない。食べて、寝て、生きる。それだけだ」
「無欲だこと。そんな清廉な生き方をして、欲深い人間に襲われるのは随分と腹立たしいでしょうね」
「全くだ」
バケモノは静かに寿命を過ごしていられてば満足だったのに。
本人が欲望を持たずとも、欲望を持った他者が厄介事を持ち込んでくる。
それは目の前の魔女にも言えることだ。ただ、この魔女の相手は手間だが、厄介かどうかはまだバケモノには判断が付いていない。
「兎に角、わたしも人が多くて騒がしいのは嫌いだから、わたしのために人を呼び寄せたりはしなくていいわよ」
「別にオマエのためでは――」
「わたしがいなかったら、人がいた方がいいかなんて考えなかったでしょう。それはわたしのためというのよ。早とちりもいいとこだけど」
台詞を途中で遮られたバケモノは面白くなさそうに顔を歪める。
それでも魔女に言い返せないのは、彼女の主張が理路整然だと認めざるを得なかったからだ。
バケモノは踵を返し、トボトボとその場から離れていった。
その背中を見送って魔女は頬に手を添える。
「言い過ぎたかしら? 思ったよりも打たれ弱いのね」
嫌われないように注意しないとと、恋する魔女は胸の中で自分を戒めていた。
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