共にする食事

 無事に全知のバケモノが住む城に滞在する権利を獲得した魔女は、中を探索している内に日が傾いてきた。

 くぅ、と魔女のお腹が鳴る。今日は魔術も多く使ったのでいつも以上に空腹が強い。

 バケモノは食事をどうしているのだろう、そもそも食材があるのだろうかと魔女は厨房に足を向ける。

 そう言えば全くバケモノの姿を見てないが何処にいるんだろうかと考えたちょうどその時、魔女の目の前に小鹿が一匹落とされた。

「オマエの分だ、好きに食え」

 急に隣に現れたバケモノを見上げると、彼は大人の鹿を鷲掴みにしていた。そちらは自分の分という訳だ。

「貴方はそれをどうやって食べるの?」

「生のまま食べるが」

 バケモノは人間や魔女と違って調理の必要がないらしい。

 魔女は呆気に取られてバケモノの顔を見詰め続ける。

「それは血抜きはしてあるぞ。不味くはない筈だ」

「ええ、血抜きは大事ね……」

 血抜きしていない肉は臭いし硬いし食べられたものではない。

 けれど魔女の前に落とされた小鹿は死んだままの姿で毛皮を剥いだり内臓を取り除いたりと処理をしないといけない。

 魔女にとって獣肉の解体は慣れたものだけど、自分と同じくらいの大きさ小鹿を処理するのは結構時間が掛かる。

「ちなみに、野菜とかは?」

「……今日は肉だけだ」

 バケモノは肉食らしい。見た目からして納得はいく。

 魔女は溜息を吐いてやるせない気持ちを胸から逃がした。

「これを解体する部屋があるなら、そこまでは運んでくれないかしら。これでもか弱い女性なのよ、わたし」

「オレと真正面からやり合えるのにか弱いと言われてもな……」

 昼間の戦闘を思い返してバケモノは眉を顰めたものの、魔女の言葉に従って小鹿を摘まみ上げた。

 そして数歩足を進めてから、魔女を振り返る。付いてこいという意思表示だ。

 魔女は肩を竦めてバケモノに付き従う。

 案内されたのは厨房と隣接して備えられた部屋だった。この城の元の主はジビエも嗜んだのか、獲物を乗せる台から解体用の大振りな包丁、内臓を洗い流すための水回りの設備まで揃っている。

 バケモノはその部屋の隅に腰掛けると大人の鹿に腹から食らい付いた。

 自分だけ先に食事を始めたバケモノに魔女は白い目を向けておく。

「さて、と」

 魔女の手際は良かった。しかし小鹿を肉に切り分けるまでには日はとっぷりと暮れて、バケモノが魔術で灯した燭台の明かりで調理を進めるハメになる。

「随分と時間が掛かったものだ」

 自分はとっくに食事を終えたバケモノは興味深そうに魔女の手元を覗いてくる。

「兎一羽だったらこんなに食事が遅れなかったのだけれどね」

 魔女は嫌味をぶつける。

 小鹿一匹は魔女一人には多過ぎる。今日は痛みやすい臓物を、手持ちの僅かな香草で煮込んでいる。肉は一旦、全てを魔術で鮮度が落ちないように保存した。明日は塩漬けや燻製などの加工をしなければならない。

 魔女に叱られたバケモノはむぅと唸り厨房の隅に蹲る。

「ヒトはオレと違って毎日食事を摂るのだろう?」

「……貴方、毎日は食事しないの?」

「三日か四日に一度、鹿一頭も食べれば十分だ。魔術を使えば腹は減るが」

 その辺りも肉食動物に似ている。

 それにしてもあの小鹿は魔女一人では二週間掛けても食べ切れない。気遣いが完全に裏目に出ている。

 魔女は出来上がったスープを器に注いで、その場で啜る。鍋にはまだまだスープが入っている。これだけでも三日は食べ続けることになりそうだ。

 じっくりと似た臓物は温かく、味わい深い。

 スプーンでスープを口に運ぶ魔女をバケモノがじっと見詰めていた。

「食べる?」

「……貰おう」

 生の鹿を一頭平らげた後でも、湯気の立つスープには食欲をそそられたようだ。

 魔女は新しい食器にスープをなみなみ注いでバケモノに手渡した。

「スプーンは?」

「そんな小さいものは使えん」

 バケモノは杯を空にするようにスープを一息に飲んだ。かなり熱い筈だが、バケモノにとっては何でもないらしく、ごくりとすぐに飲み込んだ。

「うまい」

 真顔でそんなことを言うバケモノは、傍から見ると本当にそう思っているのか分からない。

「うまい」

 しかし、魔女に顔を向けてもう一度同じ顔で同じ言葉を言うのだから、本心なのだろう。

 それがおかしくて、魔女は口元から笑いを溢す。

「そう。もう一杯いる?」

「いや。オマエの分がなくなる」

 それは余計な気遣いなのだが、バケモノは食器を流しにそっと置いてこれ以上は受け取らないと意思表示する。

 このバケモノは結構意固地だ。そんな一面を知れたのを魔女は嬉しく思う。

 魔女はゆっくりとスープを啜り、魔女の食事をバケモノはじっと見詰めて待っていた。

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