滞在の取り決め
全知のバケモノは未知の魔女を城に招いた。
バケモノが城を寝床にしているのは、その巨体で入っても柱や壁や天井にぶつからない広さがあるからだ。
魔女は城の広さを眺めて、人間には必要もないのによくもまぁこんな贅沢な造りにしたものだと数百年前の人間に呆れを浮かべる。
「でも、貴方が住むのに丁度良いのなら、意味はあったのでしょうね」
魔女の呟きにバケモノが睨むように流し目を送る。
バケモノは黙って魔女を先導して客間に通した。
バケモノは床に座り、魔女は自分で椅子を引いて豪奢なテーブルに着く。
「改めて訊く。オマエの目的はなんだ?」
バケモノが低く唸るような声はそこらの人間であれば竦み上がっただろう。
しかし魔女はそれも楽しんでいるかのように婉然と微笑んでいる。
「わたしは自分の
魔女の物言いにバケモノは三つの目を全て顰めた。
魔女の番。魔女が魂から求める相手だ。その相手は魔女によって全く異なり、どんな生き物を番に望むのかからして個性が出る。
そしてこの未知の魔女は出会い頭に、全知のバケモノを手に入れるつもりかと問われて、そういうことになると答えている。
バケモノの知性がなくても、魔女の目的はこれで明らかになったも同然だ。
「オマエはバカか。オレのような悍ましい者を選ぶなど、どんな物好きだ」
バケモノは魔女の正気を疑った。
「好みなんてそれぞれだし、魔女の習性も勿論知っているでしょう?」
魔女が番を求める欲情は、説明しようがないものだ。彼女達にとって、番とは自分の隣に在って然るべきなのだから。
「まぁ、今は出逢ったばかりではあるのだし、当面は貴方を口説き落とすのを目的にしているわ」
「……女がいう台詞か?」
堂々と口説き落とすなどと言われてバケモノは呆れて溜息が出そうだった。
その上で、求婚されるだなんて長く生きてきて初めての経験で、この魔女をどう扱えばいいのかバケモノは直ぐに判断出来ない。
バケモノに害を為すつもりがないのは十分に分かってしまった以上、無碍に追い払うのも据わりが悪い。
全知のバケモノは生きてきた中で一番に悩み、取りあえずの結論を出す。
「オマエはオレの知らないものを教えると言った。なら、一日に一つ、それを寄越せ。途切れたその日にこの城を出て行ってもらう」
「あら、それはずっとこの城にいていいってことね」
脅し半分のバケモノの要求に対して、魔女はむしろ嬉しそうに喉を鳴らした。見ていて清々しいくらいの自信だ。
「オレが納得しないものでも追い出す」
「目に視えているものを否定するような愚か者ではないでしょう?」
「この世にない妄想でも追い出す」
「
「……オレがオマエを受け入れるとも限らん。むしろ有り得ないと思うが」
つらつらとバケモノは魔女に対して望み薄だと突き付ける。
そして最後に魔女の望みに応えるつもりはないと告げたのだが、魔女はそれはもう楽しそうに、そして恐ろしいまでの笑顔を魅せた。
「それは口説き甲斐があるわ。ふふ、すごく楽しみよ」
巨体を誇る全知のバケモノは、小さな体の未知の魔女に威圧されて仰け反り、背にしていた壁に阻まれた。
魔女は赤い唇に三日月の形を浮かべて、椅子を立ち、バケモノに歩み寄る。
魔女から伸ばされる手を、バケモノは懸命に睨み付けるが、当然止まりはしない。
魔女の白い手はバケモノの毛並みを掻き分けて首を撫でた。
「そんなに怖がらないで。可愛くて、もっと愛したくなるでしょう」
「……オレはオマエに今すぐ出て行けと言わなかったことを酷く後悔している」
バケモノが心の底から恐怖を目に浮かべるのを、魔女はそれはもう満足そうに見返して目を細めた。
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